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忍者

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分類歴代グループ

デビュー:1990年春
デビュー曲:お祭り忍者(1990.08.22)

別名義:Ninja、四銃士よんじゅうし
1990年春結成(当初のグループ名は少年忍者[1985年7月結成])。1997年秋に自然消滅。

[メンバー]

  • 柳沢超やなぎさわすすむ
    1967年3月7日生まれ(55歳)、東京都渋谷区千駄ヶ谷出身、原宿育ち。リーダー。愛称:すすむくん、リーダー、ぎっち、すー、すーくん、すーさん。
  • 正木慎也まさきしんや
    1969年5月29日生まれ(53歳)、山口県玖珂郡和木町出身、神奈川県藤沢市育ち。リードボーカル。愛称:慎くん。
  • 遠藤直人えんどうなおと
    1969年4月20日生まれ(53歳)、東京都足立区神明出身。愛称:えんちゃん。
  • 高木延秀たかぎのぶひで
    1970年3月11日生まれ(52歳)、東京都板橋区中板橋出身。愛称:ノブくん。

[脱退メンバー]

  • 志賀泰伸しがやすのぶ
    1968年8月3日生まれ(54歳)、神奈川県横浜市港北区樽町出身。愛称:志賀ちゃん。結婚発覚で解雇。1995年「D-run」結成。
  • 古川栄司ふるかわえいじ
    1971年7月11日生まれ(51歳)、静岡県熱海市水口町出身。愛称:ふとし。1994年仕事に穴を開けて引責解雇。

[関連ソロ・ユニット]

中村繁之の1985年7月24日のソロレコードデビューに際し、少年隊のバックで踊るジャニーズJr.「少年隊ジュニア」の中からピックアップされたメンバーによって、中村のバックダンスグループとして結成された。
事務所内では当初、「シゲダン」という俗称で呼ばれていたが(忍者のメンバーがラジオ番組『忍者、ナン者、モン者 !!』にて言及)、同年9月17日からのバラエティ番組『おじゃまします』(TBS)へのレギュラー出演開始と共に、ジャニー喜多川がグループ名を「少年忍者」と命名。このネーミングは、以前テレビ番組に中村繁之が出演した際、バックで踊るジャニーズJr.(シゲダン)が身軽にアクロバットをこなす姿を見て、共演者の片岡鶴太郎が「まるで忍者みたいな奴らだな!」と発言したのをジャニー喜多川が気に入ったことがきっかけだった。

以後、少年忍者は、少年隊や鞆田紀世彦のバックを務めたり、光GENJI男闘呼組と共に「少年御三家」としても活動した。
1988年春、光GENJIに対抗してグループ名を「平家蛍」に改名してレコードデビューさせる案がジャニー喜多川によって持ち上がるが、実現はせず、デビューも保留となり、この年は男闘呼組がレコードデビューした。

1989年2月頃、中村亘利が脱退。(少年忍者と並行して中村が参加していた「CHA-CHA」の方の活動が忙しくなったために脱退。その際、メンバーから袋叩きに遭った逸話がある。) 
中村の穴埋めに外人のメンバーを加入させるという案も持ち上がったが、同年7月~8月の少年隊ミュージカル『PLAYZONE ’89 Again』より、「平家派」のメンバーだった古川栄司が抜擢された。
1990年春、CDデビューに備え、グループ名を新たに「忍者」に改名。きっかけは、1990年3月30日にアメリカで公開された実写映画『ミュータント・タートルズ』がちょうど話題を呼んでいたため、世界に通用する名前になるように、「少年忍者」から簡潔な「忍者」へ短縮された。

同年8月22日、日本コロムビアより『お祭り忍者』でCDデビュー。キャッチフレーズは「世界は“NINJA”を待っている。」(ザ・タイガースの映画『世界はボクらを待っている』からジャニー喜多川が引用)。また、デビューシングル用のコスチュームデザインを手がけたのは『コブラ』などの代表作を持つ漫画家・寺沢武一だった。

デビュー曲は美空ひばりの『お祭りマンボ』をリメイクした楽曲であり、当時「日本の伝統文化を取り入れた、演歌のような楽曲も歌えるアイドル」という形でデビューした。この流れは後に、後輩グループの関ジャニ∞にも引き継がれた。

1990年当時、史上最短記録のデビュー4ヶ月で、NHK紅白歌合戦への初出場を果たす。
1994年、志賀と古川が事務所を解雇され、グループを脱退。2人が抜けた穴を埋めるため、ジャニー喜多川はジャニーズJr.の坂本昌行と井ノ原快彦を加えようとしたが、どちらも忍者入りを拒否。以降は残りの4名だけで活動。

同年10月17日、別名義での企画グループ「四銃士」を結成し、テレビ朝日『94FIVBワールドスーパー4バレー』のイメーゾソング「DO YOUR BEST」をリリース。
1995年12月1日、ラストシングル『たとえ君が嘘をついても』を「Ninja」名義で発売。
1997年11月9日、京都・シアター1200にて行われた『KYO TO KYO ’97秋公演』に、4人揃ってゲスト出演。「忍者」としてのグループでの活動は、この日が事実上最後となり、自然消滅した。




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