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少年隊

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デビュー:1984.05.21
デビュー曲:少年隊(VHS、Beta、LD:1984.05.21)、仮面舞踏会(レコード:1985.12.12)

ジャニーズ事務所に殿堂入りしている男性アイドルグループ。略称:ショーネン。
1981年結成。当初のグループ名は「ジャニーズ少年隊」。正式に「少年隊」名義になったのは1984年5月21日から。
ジャニーズ史上、最もクオリティ、スキルの高かったアーティストであり、ジャニー喜多川からも、「ジャニーズ事務所の歴代のタレント、グループの中で、最高傑作は少年隊」と位置付けられていた。
2008年9月より長らく活動休止状態だったが、2020年12月31日をもって解散した。

[メンバー]

  • 錦織一清にしきおりかずきよ
    1965年5月22日生まれ(57歳)、東京都世田谷区赤堤出身、江戸川区平井育ち。
    愛称:ファンからは「ニッキ」、メンバーからは「ニシキ」。イメージカラー:赤。グループリーダー。
  • 植草克秀うえくさかつひで
    1966年7月24日生まれ(56歳)、千葉市中央区出身。
    愛称:カッちゃん。メンバーからは「ウエクサ」、昔は「クサオ」。イメージカラー:黄。
  • 東山紀之ひがしやまのりゆき
    1966年9月30日生まれ(56歳)、川崎市幸区出身。愛称:ヒガシ。イメージカラー:黒。フジテレビのバラエティ番組『少年隊夢』のみでのグループリーダー。

[関連ソロ・ユニット]

1981年、少年隊の前身グループ「ジャニーズ少年隊」を結成。
グループ結成当初は、近藤真彦のバックダンサーとして歌番組やコンサートへ出演していた。1982年6月28日にはレコードデビュー前であるにもかかわらず、フジテレビ『夜のヒットスタジオ』にも単独のアーティストとして初出演し、事務所の先輩に当るフォーリーブスの代表作『ブルドック』を披露。事務所側の期待が高い事が示されると共に、視聴者の注目も早くから浴びるようになった。

1982年11月、「第8回 ハワイ音楽祭」で金賞とベスト振付賞を受賞。
1983年、東京宝塚劇場で行われた田原俊彦のコンサート「’83 Toshi in 宝塚」にてバックを務める。同年にはNHK『レッツゴーヤング』やフジテレビ『月曜ドラマランド』へも初出演。更に同年12月31日には『NHK紅白歌合戦』にも近藤真彦のバックとして初出演を果たした。

1984年4月2日、東京・芝「郵便貯金ホール」にて正式なファーストコンサートを開催。
この頃から親衛隊によるステージ用の応援コールも作られた。

「ニッキ・カッちゃん・ヒガシくん、ニッキ・カッちゃん・ヒガシくん、ジャニーズ少年隊!」(「ジャニーズ少年隊」時代)
「ニッキ・カッちゃん・ヒガシくん、ニッキ・カッちゃん・ヒガシくん、ソーレソレソレ少年隊!」(「少年隊」へ改名後)

1984年5月21日、映像作品『少年隊』(VHS、Beta、LD)を発売。ここからグループ名が「ジャニーズ少年隊」ではなく、明確に「少年隊」となる。(レコードデビューよりも先に映像作品でデビューするという形態は、後に男闘呼組にも引き継がれた。)

1984年12月23日から1985年1月20日まで、「少年隊スペシャルコンサート」と題したコンサートツアーを全国7ヶ所で開催。これは、明治チョコレート「Dela」の包み紙200円分を1口で応募し、当選した者だけが参加できたコンサートだった。

1985年4月27日~5月6日、梅田コマ劇場にて少年隊の初のミュージカル『ゴールデンウィークスペシャル ミュージカル・アドベンチャー「ザ・サスケ」/ヒット・パレード』を上演。

同年10月28日、代々木のレコーディングスタジオ「Two Two One」にて、レコードデビュー決定の記者会見を行う。
同年12月12日、シングル『仮面舞踏会』でレコードデビュー。キャッチフレーズは「日本発、世界行。地球は、俺たちのステージだ!」で、新聞広告も打たれた。

続いて1986年7月7日発売の3rdシングル『ダイヤモンド・アイズ』の際は、「時代がついてくる。いつもいまより新しい、少年隊。」のキャッチフレーズが使われた。このフレーズはその後の作品のリリース時にも度々使用。
更に同年11月28日発売の4thシングル『バラードのように眠れ』では、「「少年」が、流行っています。」のキャッチフレーズが使われた。

2008年、23年間続いた少年隊主演ミュージカル『PLAYZONEプレゾン』が閉幕。翌年からはジャニーズ事務所の後輩に引き継がれた。

2020年12月31日、錦織と植草がジャニーズ事務所を退所。これに伴い、少年隊は同日をもって解散した。
なお、2020年9月の時点では、

「少年隊そのものは残したいというメンバーの意向を尊重すると共に、35年間で殿堂入りに値するほどの実績を地道に積み重ねてきたグループのため、後輩たちの道標とすべく、「少年隊」の名前は事務所に残す」

と発表されていたが、結局、2021年1月1日に日付が変わって数分後に、ジャニーズ事務所の公式サイト「Johnny’s net」での少年隊のプロフィールページが消失。
ジャニーズ事務所の各公式サイトに、少年隊の歴史をまとめたり功績をたたえたコンテンツが新たに設置されることも無く、一体「少年隊」の名前がどこにどういう形で残され、殿堂入りしているのかは不明である。




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