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鞆田紀世彦

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ともだきよひこ。1971年7月3日生まれ(51歳)、神奈川県川崎市出身、横浜市港北区高田東育ち。
名前の由来は、鞆田が生まれた1971年に大ヒットした曲『また逢う日まで』で有名な歌手・尾崎紀世彦からの引用。

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1986年1月(中学2年の3学期)、同級生の男友達による他薦で日本テレビ『アイドル花組おとこ組』内の企画ユニット「桜隊」のメンバー選考に合格。番組の初回放送からいきなり少年忍者をバックに従えて、北島三郎の『まつり』を熱唱した。当時はスポーツ刈りだったため、愛称は「おにぎり君」だった(命名者は岡本健一)。

番組終了後、正式にジャニーズ事務所へ入所。民謡歌手の鞆田晶行ともだまさゆきが父方の親戚だったため、幼い頃から歌唱指導を受けて非常に高い歌唱力を持っており、紀世彦も民謡や演歌の歌手としてジャニーズ事務所からソロデビューさせようという計画があった。

1987年にはTBS『ロッテ 歌のアルバムNOW』にも出演し、錦織一清がコンサートで持ち歌としていた宮城県の民謡『大漁唄い込み』の歌詞アレンジバージョン(作詞:トム佐藤、作曲:宮城県民謡、編曲:小野寺忠和)を、『大漁』のタイトルで少年忍者を従えてソロで披露。

1988年秋には「平家派」のメンバーとして、光GENJIの『剣の舞』のバックダンサーを務める一方で、同年10月21日放送のテレビ朝日『ミュージックステーション』と、同年放送の日本テレビ『スーパーJOCKEY』にて少年忍者が『愁列車』を披露した際、鞆田がゲストリードボーカルとして招かれるという好待遇を得ていた。

大沢樹生にいじめられてジャニーズ事務所を辞めた」と言われ、退所後はガソリンスタンドで働いていたが、1997年5月15日放送のテレビドラマ『木曜の怪談 ~ 悪霊学園』(第3話「犬神の黒魔術」、フジテレビ)に出演した。ただし台詞は無く、覆面をかぶった悪霊役だったので顔も一切映っていない。

その後は、横浜市緑区の神奈川中央交通株式会社・中山営業所に就職し、大型二種免許を取得して「神奈中かなちゅうバス」(路線バス)の運転手に転身。



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