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岡本健一

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おかもとけんいち。1969年5月21日生まれ(53歳)、東京都新宿区下落合出身。
男闘呼組」の元メンバー。塗装会社の代表取締役社長。ジャニーズ事務所の所属タレントを経て、2021年11月1日より同事務所とエージェント契約。愛称:健ちゃん、オカケン、ケンピー、フランソワ。長男は元「Hey! Say! JUMP」の岡本圭人。

[関連ソロ・ユニット]

1983年、中学2年の時に友人とバンドを組み、ギターを担当。デュラン・デュランやプリンスの曲をコピーしていた。

1984年、中学3年の夏休みに原宿でジャニーズ事務所の名刺を持った男性にスカウトされる。その時は「ごめんなさい、ちょっと時間が無いんで」と断ったが、「じゃあ来週、そこの喫茶店で待ち合わせましょう」と言われる。しかし翌週、岡本は約束をすっぽかし、友人と海へ遊びに出かけてしまった。そして友人に「そうだ、俺ジャニーズ事務所の人にスカウトされて、今日原宿で待ち合わせだったんだ」と話した所、「ジャニーズ事務所の場所なら俺知ってるよ」と言われ、2人で事務所に直接訪問してみることとなった。
すると、「うちのスタッフはスカウトとか一切やらないから、あなた騙されてるわよ」と女性スタッフから言われ、原宿で会った男性は偽者のスカウトマンであったことが発覚。
しかし、「こういう世界でやる気あるの?」と言われ、「はい、あります」と答えた所、とりあえずポラロイド写真だけ撮影して貰えた。その写真がジャニー喜多川の目に留まり、ジャニーから電話で呼び出されて会いに行くと、「Youがフラフラフワフワして地に足が着いてない生活をしてるから、そういう悪い奴に引っかかるんだよ」と説教されながらも、面接に合格し、事務所に入所となった。(「自分で応募した」、「中学1年で入所」などの記事は誤り)

『週刊テレビ番組』(1985年5月18日~24日号、東京ポスト)にて初めて雑誌の表紙を飾る。

『POTATO』(学研)と『ザ・ベスト・ワン』(学研)の1986年1月号にて、岡本が男闘呼組の中で最も早く雑誌の単独表紙を飾る。

男闘呼組のメンバーとして、1987年8月3日、『Made in U.S.A』(VHS、Beta)にてビデオデビュー。1988年8月24日、『DAYBREAK』でレコードデビュー。

男闘呼組として活動中から、別バンド「ADDICT OF THE TRIP MINDS」としても活動し、男闘呼組の解散後にアルバムを1枚リリースしたが、後に脱退。そして新バンド「Floor」を結成した。

1993年6月30日、男闘呼組が解散。

1986年頃には中山美穂との交際もあったが、1992年に1歳年上のモデル・西克恵と授かり婚。その後、1994年の連続ドラマ『禁断の果実』で共演した田中美佐子との不倫熱愛も報じられた。2007年、西克恵と離婚。
テレビドラマ『黒革の手帖スペシャル ~ 白い闇』(2005年)と、舞台『黒革の手帖』(2006年)で共演した米倉涼子と恋愛に発展し、2008年8月より3度に渡って交際が報じられていたが、2011年に破局した。
2015年、年下の一般女性と再婚。

2020年9月下旬、父親が経営していた都内の塗装会社を引き継ぎ、代表取締役社長に就任。同時に長男の圭人も取締役に就任。

2021年9月9日、「ジャニーズショップ」が渋谷に移転し、リニューアルオープン。しかし、東山紀之内海光司佐藤アツヒロ木村拓哉といったソロタレントの生写真コーナーもある中、岡本健一のコーナーだけが作られないという事態が発生し、ファンの間で少し話題となる。

2021年10月31日、ジャニーズ事務所との専属契約を終了。翌11月1日付で同事務所との「エージェント契約」に移行。それに伴い、11月1日に日付けが変わってすぐに、ジャニーズ事務所の公式サイト「Johnny’s net」内での岡本のプロフィールページと、有料モバイルサイト「Johnny’s web」での岡本の連載「FLASH BAGS」が削除され、ジャニーズファミリークラブの「情報サービス」の欄からも岡本の名前が消えた。同時に、外部に岡本のオフィシャルサイト、更にInstagramアカウントが開設された。

2021年11月、新国立劇場演劇研修所 第15期生への指導を皮切りに、演技講師としての活動を開始。更に同月、バンド「ADDICT OF THE TRIP MINDS」も再結成。




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