70-80年代アイドル・芸能・サブカル考察サイト

2021年1月

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洋楽ベストテン

Billboardの歩み 1957年

前年に引き続きプレスリーが強く、3曲がトップになっています。パット・ブーン、タブ・ハンター、アンディ・ウィリアムズ、ペリー・コモといった白人男声ボーカルも人気でした。エヴァリー・ブラザースは、この年3月に2枚目のシングル「バイ・バイ・ラヴ」が2位止まりでしたが、3枚目シングル「起きろよスージー」でNo.1になっています。サム・クックはポップチャートのトップを飾った初めての黒人歌手です。にも関わらず、今回のチョイスはデビー・レイノルズのタミー。
ま行

前川ゆき子(まえかわゆきこ)ディスコグラフィ

1956年9月4日生まれ、兵庫県伊丹市出身。本名は同じ。161cm/48kg/B83-W58-H86。東京都北区 成徳学園高校2年在学中にデビュー。特技はピアノ、習字二段。小学2年からピアノを習い、関西エコー歌謡学院にて歌唱指導を受け...
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Billboardの歩み 1958年

この年の8月4日から、名称がHOT100に変わりました。この日付から、完全な100位までのチャートをBillboardのホームページ上で見ることが出来ます。(それ以前のチャートもいずれはウェブで公開して欲しいと願っています。)前年くらいまでは、白人ヴォーカリストがチャート上位に来ることが多かったのですが、1956年から登場していたプラターズに続いて、シルエッツ、コースターズなどの黒人コーラスグループが台頭してきます。
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Billboardの歩み 1959年

年間1位になった「ニューオーリーンズの戦い」は、なんと米英戦争を題材とした唄で、”カントリー”なのですが、コミック風味なところが当時の世相にマッチしたのかも知れません。ボビー・ダーリンのマック・ザ・ナイフは元々ジャズのスタンダードナンバー。特筆すべきはロイド・プライスかな?プレスリーらの”ロカビリー”は1959年辺りにはもう下火のなりつつあったらしいのですが、プライスのような”R&B系”のロックンローラーも登場して”うるさい曲”が増えてきたのがこの時代の特徴ではないかと思います。
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Billboardの歩み 1960年

40年代から続いているドゥーワップ・ブームもまだまだ健在(Drifters、Zodiacs)、カントリーっぽい曲(El Paso)もあれば、コミック・ソング(Running Bear、Alley-Oop、Mr. Custer)もあり、プレスリーは脂ぎって…もとい、脂が乗ってきて、男女のアイドル(マーク・ダイニングとブライアン・ハイランド、コニー・フランシスにブレンダ・リー)も続々登場すれば、レイ・チャールズのようなR&B/ソウルの新星も現れ、ツイストブームの到来など、百家争鳴というべき?ごちゃごちゃの時代の始まりが1960年だと思います。
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Billboardの歩み 1961年

この年はまず、1位になった曲の曲数に注目してください。21曲もあります。前年までは20を超えたことがなかったわけですが60年代から週間チャート1位の曲が増えていきます(その後80年代には減ってしまうのですが)。良い曲が多くなって競争が激しくなったのか、ドングリの背くらべ状態なのか? 私は前者だと解釈しています。
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Billboardの歩み 1962年

この年の最初のNo.1は、チャビー・チェッカーのThe Twistで、これはなんと1960年から1年以上も間を空けての再登場1位です。続く2曲目の1位も、Peppermint Twistで、ツイストが2曲続けてNo.1になりました。歴史は繰り返す云々、という名言がありますが、ツイストの場合には、「一度目は流行として、二度目は定着として」ではないでしょうか。
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Billboardの歩み 1963年

この年は「百花繚乱」。名曲揃いです。 No.1に2曲以上送り込んだアーティストがいない、というのもその証拠ですし、No.1にも、年間チャートにも入れなかった”名曲”が多数あります。特筆すべきは、やはり九ちゃんの”上を向いて歩こう”でしょう。この曲、日本では1961年に大ヒットしました(ミュージック・ライフ3ヶ月連続1位)。当時実家にはSPの蓄音機しかなく、これを聴くために友達の家に何度か押しかけました。
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Billboardの歩み 1964年

ビートルズ登場!23曲中6曲がビートルズ(たしか年間最多No.1獲得記録トップタイです)、しかも3曲連続No.1ですからねぇ。 凄まじい、というほかないです。次に頑張ったのがシュープリームス。3曲がNo.1に。ボビー・ヴィントンは計4曲をNo.1に送り込んでいます。ミスター・ロンリーのインストルメンタルバージョン、フランク・プゥルセル・グランド・オーケストラのものはTOKYO FMの「JET STREAM」のテーマ曲でしたから、とくに耳に残っています。
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Billboardの歩み 1965年

少しだけ表記を変え、年間順位を100位まで記すことにしました。少し落ち着いたとは言え、この年もビートルズが強く、5曲が1位に。シュープリームスは前年に「愛はどこへ行ったの?」「ベイビー・ラブ」「カム・シー・アバウト・ミー」の3曲が1位でしたが、この年も「ストップ・イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ」「涙のお願い」「ひとりぼっちのシンフォニー」の3曲が1位になり、絶好調。ローリング・ストーンズが「サティスファクション」でブレイクし、続いて「ひとりぼっちの世界」も1位。 その後の活躍については言うまでもありません。