岡田有希子『Love Fair』

岡田有希子『Love Fair』
発売日 1985.10.05
作詞 かしぶち哲郎
作曲 かしぶち哲郎
編曲 松任谷正隆

完成度は高いが、突飛な印象が拭えない”エロ歌謡”

今回は作詞・作曲を、ムーンライダースのかしぶち哲郎が担当。
初の男性作家の起用あるが、またしてもアーティストであることには変わりなく、職業作家を極力排除するという、有希子の楽曲制作方針は本当に徹底している。
ただ、かしぶちの音楽性はニューウェーブ系なので、同じアーティストでも、竹内まりや・尾崎亜美とはジャンルが異なり、当然完成品も、これまでのモノとは一味違う作風に仕上がった。

まずは曲だが、「A→B→C」という構成で、マイナー調基本だが、Cメロではメジャーに転調。
一応頭サビだが、最後にAメロで再び盛り上げるという、ちょっと珍しい構成である。
さらに、変わっているのは、出だしが最も高音域で、あとは徐々にキーが下がってくる点である。
つまり、曲が進行するにつれて、だんだん盛り下がるような作りにしているのだが、Cメロが終わると、間奏抜きでいきなり2番が始まるので、一聴する分には、最後に再び盛り上がるよう錯覚する仕掛けを施している。
ただし、構成上は間奏無しでも、BメロとCメロの繋ぎが異様に長く、ココが間奏だと言えば、そう呼べる代物かもしれない。

パートの繋ぎで間奏然としてしまうのも、これまた奇妙な作りなのだが、この作品はCメロだけがメジャー調で、全然違う曲みたいだから、何らかの”間”を置かないと、BからCに上手く繋げないのも確か。
かように変わった曲構成なのだが、各パートのメロディ自体は、そんなに奇抜なものではなく、どのパートも優れたメロディだと思う。

Aメロのみならず、Cメロは中サビ(?)として充分機能し得る出来だし、Bメロも、岩崎宏美「二重奏」のサビを彷彿とさせるキャッチーな旋律だし。
先述の通り、Aメロは高音域で、これまでに無いハイキーであるが、有希子はファルセットを駆使して、見事に歌いこなしている。それ以外でも、上手く音程を取りながら、表情豊かに歌っていると思う。

アレンジは松任谷正隆が続投しており、今回はベースを効かせてバンドっぽい音作りにしている。
このベースラインと、Bメロでのシンセの旋律が、マドンナ「ライク・ア・ヴァージン」っぽくて、非常に印象的なのだが、全体的には至ってシンプル。

ただし、独特な曲構成を生かすべく、リズムをブレイクしたり、コーラスやピアノで装飾したりと、各パート毎に違ったカラーをしっかり出している。
シンプルで物足りない感じもするけど、この作品は、あくまでも変わった曲構成がウリなので、各パートで個性が出ていれば、むしろアレンジは控えたほうが特性が生きるだろうし、サウンド全体のバランスが取れるのかも知れない。

かように独特なサウンドだが、この作品で最も特徴的なのは歌詞で、主題は存在せず、散文詩の如く、イメージの羅列に終始しているんである。そう書くと、まるで井上陽水みたいに、崇高な文学性を内包してるのかと思いきや、そんなことは無く、
 ♪Love Fair 花束を添えて~ ♪Secrets 貴方のお部屋に~
 ♪Love Fair 私の全てを~ ♪Secrets そっと届けるわ~ 一見、メルヘンを装ってはいるものの、
 ♪花びら摘み取るいけない子 やめて No No No・・・・~ ♪不思議な電波を放つのは 誰の瞳?~
結局はエロスの隠喩なんである。

要するに、河合奈保子「大きな森の小さなお家」同様の、「メルヘンに身を窶したSEX隠喩」であって、むしろ俗っぽいのだ。
挙句の果てに、 ♪時々ハードに攻めてくる ダメよ No No No・・・・~ ♪身体のバランス失って 少しめ・ま・い~  とかほざいてるし。
パート毎に異なる曲調に合わせて、歌詞もパート毎にイメージを変えているものの、結構キワモノである。
それこそ陽水作品ばりに、もっと文学的に描写してくれれば、崇高な官能として昇華できたんだろうけど、
 ♪さぁ 熱いラブ・フェア NOW 甘いキュートライン~ ♪さぁ恋はハリーアップ あなた誘惑ドリーマー~
と、残念ながら描写も幼稚だし。それにしても、”誘惑ドリーマー”とは「とほほ」なセンスだなぁ。

この作品、歌詞が正統派らしからぬキワモノぶりで、ハッキリ言って怪作である。
しかも、単語のセレクトや描写は幼稚でセンスも良くない。
完成度の高いサウンドにしたって、曲構成は決して一般的ではなく、かなり突飛な印象を受けるし。
そう言えば、今回は有希子の振り付けも結構”変”だった。

ビートたけしには茶化されるし(スーパージョッキー)、とんねるずには、本人の目の前で真似されるし(FNS歌謡祭)。好意的に解釈すれば、あらゆる面で新境地に挑んだとも言えるが、一体その目的は何だというのか?
僕はズバリ、”有希子の松田聖子化”なんだと思う。
別に今回のサウンド・歌詞に、取りたてて聖子っぽさは感じないんだけど、本質的な意味において、非常に聖子と共通するものを感じる。

というのも、聖子作品の本質は、「リゾート感」や「ニューミュージック性」以上に、ある種の色っぽさ・エロティシズムなんだと思う。ただ、それは内容が官能的ではなく、聖子の場合は、声質がセクシーなのだが。

聖子の楽曲制作は、あのセクシーボイスを歌唱法で生かしつつ、楽曲全体のセンスの良さで、上手くエロスを隠蔽している感があるが、同じ方法論を有希子に当て嵌めても、声質がクリアな彼女には全く功を奏しないだろう。

それならば逆のやり方で、楽曲をエロティックにすれば、有希子の清純な持ち味で上手くエロスが隠蔽出来て、トータルでは聖子チックな色っぽさが醸し出せるのではないか?今回はそれ故のエロティック路線だったのではなかろうか。「Summer Beach」が”表層的な聖子化”だとしたら、こちらは”本質に迫った聖子化”という感じで。

そう考えると、この突飛な路線変更にも合点が行くのだが。
ただ、今回はちょっとやり過ぎで、訳の判らない作品になってしまったが。(2000.6.16)

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