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岡田有希子『花のイマージュ』

岡田有希子『花のイマージュ』
発売日 1986.05.14 (発売中止)
作詞 ・作曲・編曲 かしぶち哲郎

模索を経て、”聖子調”を独自に咀嚼しきった傑作

有希子のシングル盤は、前作「くちびるNetwork」を最後に発売されていないが、この「花のイマージュ」は、次回作として1986年5月に発売が決定しており、彼女が逝去する前から、早々と各種メディア媒体を通じて宣伝されていた。

しかし、結局は有希子の死により”お蔵入り”となってしまい、幻のシングルとして、十数年もの間封印されてきた。
でも、1999年にCDボックスに収録されて、13年の時を経てやっと陽の目を見る運びとなり、今ではすっかり知名度の高い作品となった。

基本的に、拙コンテンツではシングル未発売曲を取り上げる事は無いのだが、この作品に関しては、シングル曲として制作されたわけだし、実際、今ではシングル曲として認知されているようなので、今回は特例として取り上げたい。

今回は作詞・作曲・編曲を、かしぶち哲郎が一人で担当している。
有希子の楽曲制作では、初の(唯一の)個人によるトータルプロデュースなわけだが、これは「Love Fair」での作詞・作曲、「くちびるNetwork」での編曲の実績により、総合力を買われての一任であろうが、それ以上に、アルバム『ヴィーナス誕生』での実績が評価されての大役であることは確実。

このアルバムは、サウンド作りをかしぶちが一手に引き受けたのだが、確かにその完成度たるや、かなりのレベルであったことは事実だ。 で、こうしたプレッシャーをモノともせず(?)、かしぶちは見事期待に応える仕事を示した。

まずは曲だが、「A→B→A→B→C」という構成で、A・Bメロはマイナー調だが、Cメロではメジャーに転調する。
その点は「ファースト・デイト」的だが、この曲はCメロをドラマティックに盛りあげて”聴かせる”作りにしていて、充分サビとして機能させている。
各パートはいずれも覚え易いシンプルな旋律で、しかも、音域は有希子にフィットしていて、その点は「くちびる~」に近い作りなのだが、クラッシク調だった「くちびる~」とは異なり、今回はかなり歌謡曲っぽい旋律である。

品の良さでは前作に劣るが、歌謡曲然としたキャッチーさでは、明らかに「花の~」に軍配が挙がるだろう。
アレンジは「くちびる~」同様の8ビートで、「哀しい予感」同様、どことなく「イージー・ラヴァー」を彷彿とさせるが、それは旋律が、というより、リズムセクションがそれっぽいように思う。
でも、そんなに洋楽っぽさは無く、かしぶち本来の音楽性である、バンド系ニューウェーブの色彩が強く出たかもしれない。

淡々とリズムを刻むドラムにしたって、シンセドラムではなく、バンドっぽい生ドラム使用だし、所々ギターの冴えがアクセントとなっている点もバンド的。
これにシンセブラスや各種パーカス・シンセ類が加わり、規則的に音色を奏でているのだが、この”規則的”というのも、これまたニューウェーブっぽい。

これらは前作にも共通する特徴だが、今回はギターとシンセがユニゾンになっていたり、ボーカルも有希子自身(たぶん)のコーラスをダブらせたりと、「くちびる~」以上に厚みのある音作りである。
聴いていて全く退屈しない、優れたアレンジだと思う。

歌詞は「Love Fair」同様の散文詩形式で、主題は特に存在しない。

 ♪恋化粧ルージュにキッス 胸騒ぎレースのリボン~ ♪いたずらにブラウスの プティ・ボタン外してみた~
 ♪秘密の香りがするロマンス~ ♪窓辺からこっそり春のスカーフ~
 ♪白いプリーツ風にさらわれ 弾む心に咲く花のアバンチュール~
Aメロ・Bメロでは、春の装いを小道具としながら、フェミニンな色香を思わせぶりに振りまいていて、
 ♪あぁ愛し合いたい バラになりたい~ ♪あぁ離れられない ユリのささやき~
Cメロでは、タイトル通り”花”をモチーフに、官能に身悶える様を品良く描写している。
 ♪あぁ心に響く 幸せの鐘~ ♪街角に恋がいっぱい~  まだまだ文学チックとは呼べないものの、
 ♪あぁ見つめられたら めまいの季節 恋は花のイマージュ~  タイトルコールも抜かり無いし、
 ♪指に孔雀の羽をスケッチ~ 青い空に描く二人のイニシャル~  独特な色彩感覚を言葉で表現している。

訳の判らなさは「Love Fair」並みだが、今回は単語や表現のセンスが格段に優れている上に、季節感溢れる情景も描写出来ている。
おまけに、奔放なフェロモンを”エロ”に訴える事無く、女性らしくキチンと甘美なメルヘンとして昇華しているわけで、単なる色情狂だった「くちびる~」と比べても、各段にレベルアップした歌詞だと言えよう。
有希子の歌唱は、「Love Fair」でのファルセット、「くちびる~」でのウィスパーとは異なり、技巧に走らず自然体で歌っている。

「哀しい予感」で、ドラマティックな曲調に合わせた歌唱は実践済みだが、これにプラスして、前2作品で積み上げたセクシーの表現(?)が、さりげなく加味されている。
もっとも、これは「歌手・岡田有希子の集大成」的なキャリアの総括というより、単に彼女が器用なんだと思うが。

この作品、「Summer Beach」以降顕著になってきた、「有希子の松田聖子化」という方針が、様々な模索を経た結果、独自のスタイルで咀嚼しきった、有希子なりの回答だと思う。

具体的には、これまでに述べた通り、色っぽく仕立てた楽曲を清純なキャラで中和する事により、トータルとしては、聖子的な淡い色香を出そうという狙いであるが、まず歌詞では、フェミニンな色香が、散文詩形式で甘美なメルヘンとして上手く昇華されているし、曲・アレンジでは、歌謡曲性とニューウェーブ性が上手く融合されたのだから、モドキに陥る事無く、自己流で聖子路線になぞらえる事に成功したと言える。

ただ、これまでの楽曲とは異なるサウンドなので、その点に違和感を感じてか、ファンの間でも非常に評価が分かれるようだが、公平に見て、特に欠点は見当たらず、私は有希子の中でもトップクラスの完成度だと思う。

しかも、実験精神まで富んでいるのだから、もし、シングルとして発売されていたら、間違い無く最高傑作に推したハズ。 そう、せっかくの完成度を誇る作品ではあるが、それも発売されなければ価値が無いだろう。

結局陽の目は見たものの、やはりこれは正規でシングル発売して、世の審判(?)を仰がなくては制作した意味が無いと思うのだ。 そういう意味で、「花のイマージュ」はやっぱり番外だと思う。 しかし、かしぶちは悔しかっただろうなぁ。

彼にとっては自信作だったろうし、今後のミュージシャン生命(作家生命)をも左右する重要作だったのでは?(2000.6.16)

 


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