小泉今日子『The Stardust Memory』

小泉今日子『The Stardust Memory』
発売日 1984.12.21
作詞 高見沢俊彦・高橋研
作曲 高見沢俊彦
編曲 井上鑑

名作か?凡作か? その判断が微妙な作品

今回は従来の「ブッ飛び」「コズミック」「アナクロ」、どの路線にも当てはまらない、至って正統派のアイドル・ポップスだ。 初めてロック畑から作家陣を起用しているのも特徴。

これまでの企画色の強い、キャラクター重視志向だった路線を、この「The Stadust Memory」では一切かなぐり捨てて、純粋に楽曲のみで勝負に出た。 つまり、この作品で彼女は新境地に挑んだということ。
得意のお色気も抜きだし。

で、このような普通のアイドル・ポップスが彼女にフィットしたのかどうか。
結果、37万枚の大ヒットとなったのだから、この冒険は成功と見ていいだろう。
これまでの過激さに加えて、「等身大の普通さ」も彼女のキャラクターのひとつにUPされた。
新キャラ開拓にも成功したのだ。

よって、「過激な発言+普通人としての感覚」ということで、同性からの支持も高まり、より彼女のカリスマ性に磨きがかかったとも言える。 小泉自身にとって、この「Stardust~」はキーポイントとなった最重要作品であることは確実。

この成功を受けて、後に「魔女」「夜明けのMEW」「スマイル・アゲイン」といった”等身大路線(?)”がリリースされたわけだし。 しかし、僕はこの作品自体がそれほどの名作なのかどうか。 正直、その判断に悩んでしまうのだ。

アレンジはこれまでの彼女らしからぬ、ストリングスの美しいオーケストレイションを施しているのが最大特徴。
リズムは打ちこみ系でハードな感じだが、シンセハープ(?)やピアノの音色を導入したりと、上品で洗練されたサウンドだ。
間奏のギターソロが、甘美な調和をやや乱してはいるが、全体で見ればアイドル・ポップスとしては上出来なアレンジ。

歌詞は、星空をバックに、恋の終わりを甘酸っぱく表現している。
アクの無いアイドル・ポップスの類型だが、メルヘンチックの1歩手前でブレーキを利かせて、あくまでも等身大の少女の感覚に徹しているのは好感が持てる。
このシチュエーションが、甘美で上品、それでいてハードなアレンジと見事にマッチしている。
まぁ目新しいところは、何一つない歌詞だけど。

で、曲なのだが・・・・「渚のはいから人魚」とは違って、メロディ展開も至ってスムーズだし、頭サビで始まるキャッチーな楽曲ではある。 ただ、一聴すると何の問題も無い、この”淀み無さ”が、逆に物足りないような気がするのだ。

ボーッと聴いてる分には、スムーズに流れるアクの無いきれいな旋律だけど、聴後には何も残らない、そんな感じだ。 「キャッチーな頭サビ」とは言ったけど、唸ってしまうようなレベルでもないし。
アレンジ・歌詞、いずれも洗練されててアクが無いうえに、曲までアクが無いというのは、ねぇ。
シングル曲としての尖がった箇所が、あまりに無さ過ぎると思うが。

作品自体の完成度の高さは、認めざるを得ないのだが、シングル曲としては今一つ物足りない、ハッキリ言ってしまうと「つまんない」メロディである。 その点がこの作品を、名作とも凡作とも言いきれず、評価を難しくさせるのだ。”痛し痒し”って感じだ(用法が違うか)。(1999.12.6)

 HAGGYの台所

情報提供・コメント

タイトルとURLをコピーしました