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JOHNNYS’ ジュニア・スペシャル

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分類歴代グループ

デビュー:1975.02.21
デビュー曲:ベルサイユのばら(1975.02.21)

表記は「JOHNNY’S」ではなく「JOHNNYS’」(「ジャニーの」ではなく「ジャニーズの」の意味)。愛称はグループ名の頭文字を取って「JJS」。1978年にジャニーズ唯一の男女混合グループの「VIP」に再編成。
前身グループは、「ジューク・ボックス・ジュニア」→「ジャニーズ・ジュニア(第1期生)」→「ジュニア・スペシャル」の順で変遷。

[メンバー]

  • 板野俊雄(リーダー。愛称:トシちゃん。板野としお。ジャPAニーズ
  • 林正明(愛称:マーちゃん、ドラキュラ。2016年5月25日急性心筋梗塞のため死去)
  • 畠山昌久(愛称:チャーリー、チャリ坊。2003年5月31日転移性胆管癌のため死去)

[脱退メンバー:前身グループ 「ジュニア・スペシャル」 のみに参加したメンバー。]

  • 山縣孝良(愛称:タカ坊)
  • 井上純一(愛称:ジュン。山縣の脱退後に参加したが、ソロに転向で脱退。)
  • 平岡洋二(愛称:ヨージ。井上の脱退後に参加したが、ソロで売り出されることになり、脱退。)

[関連ソロ・ユニット]

1974年夏、「ジャニーズ・ジュニア(第1期生)」が分割され、フォーリーブスのコンサートのバックダンサーチームとして「ジュニア・スペシャル」という新たなグループが誕生。メンバーは板野、林、山縣。
残りの6名(小坂まさる、畠山昌久、鈴木寛、吉田義久、柏木孝夫)は、特に新しいグループ名は与えられず、元の「ジャニーズ・ジュニア」名義のままで郷ひろみのコンサートのバックを務めた。

ジュニア・スペシャルに選ばれなかったことに不満を抱いていた小坂は近藤と共に1974年9月に脱退&退所。そのため、ジュニア・スペシャルのメンバーだった山縣が元のジャニーズ・ジュニア側に異動となり、同年10月にジャニーズ・ジュニアに残った山縣、畠山、鈴木、吉田、柏木の5名に対して「ジャニーズ・ジュニア・エース」というグループ名が与えられるも、畠山を除いた4名が翌11月に脱退&退所。

その後、井上純一がジュニア・スペシャルに加入して3人体制。
続いてジャニーズ・ジュニア・エースという母体を失った畠山もすぐに加入し、ジュニア・スペシャルは4人組となるが、すぐに井上がソロに転向するために脱退。代わりに平岡洋二が加入するが、平岡もソロで売り出した方がいいということになり、やはりすぐに脱退。
こうした経緯を経て、ジュニア・スペシャルは最終的に「板野、林、畠山」の構成に落ち着いた。

1975年2月21日、グループ名も正式に「ジュニア・スペシャル」から「JOHNNYS’ ジュニア・スペシャル」となり、『ベルサイユのばら』でレコードデビュー(レコーディング日は1974年12月24日)。

一方、脱退&退所した小坂、近藤、山縣、鈴木、吉田、柏木の6名は、郷ひろみの事務所退所に呼応してバーニングプロダクションへと移籍し、新グループ「メッツ」を結成してレコードデビューした。




歴代グループ

 

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