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ジュニア・スペシャル

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分類ジャニーズJr.

グループ変遷:ジューク・ボックス・ジュニアジャニーズ・ジュニア(第1期生) → ジュニア・スペシャル → JOHNNYS’ ジュニア・スペシャル → VIP

[メンバー]
板野俊雄(リーダー。板野としお)、林正明畠山昌久
[脱退メンバー]
山縣孝良、井上純一平岡洋二

1974年夏、「ジャニーズ・ジュニア(第1期生)」が、2つのグループに分割。
一つはフォーリーブスのコンサートのバックダンサーチームとして作られた3人組(板野俊雄、林正明、山縣孝良)で、「ジュニア・スペシャル」という新たなグループ名が与えられた。残りの6名(小坂まさる、近藤純市、畠山昌久、鈴木寛、吉田義久、柏木孝夫)は、特に新しいグループ名は与えられず、元の「ジャニーズ・ジュニア」名義のままで郷ひろみのコンサートのバックを務めた。

ジュニア・スペシャルに選ばれなかったことに不満を抱いていた小坂は、夏のコンサートを終えた1974年9月に近藤と共に突如、脱退・退所。そのため、ジュニア・スペシャルのメンバーだった山縣が元のジャニーズ・ジュニア側に異動となり、同年10月にジャニーズ・ジュニアに残った山縣、畠山、鈴木、吉田、柏木の5名に対して「ジャニーズ・ジュニア・エース」というグループ名が与えられるも、翌11月には山縣、鈴木、吉田、柏木の4名も脱退・退所してしまい、エースはたったの1ヶ月で崩壊。
エースのメンバーの中でただ一人だけ辞めずに残った畠山はその理由として、「僕はジャニーズ・ジュニアという名前が好きだし、自分はずっとジャニーズ・ジュニアでいたいと思った」と、月刊平凡編集部に対して語っている。

その後、井上純一がジュニア・スペシャルに加入して3人に。
続いてエースという母体を失った畠山もすぐに加入し、ジュニア・スペシャルは4人組となるが、すぐに井上がソロに転向するために脱退。代わりに平岡洋二が加入するが、平岡もソロで売り出すためすぐに脱退。

こうした経緯を経て、スペシャルは最終的に「板野、林、畠山」の構成に落ち着いた。
一方、脱退&退所した小坂、近藤、山縣、鈴木、吉田、柏木の6名はバーニングプロダクションへ移籍し、新グループ「メッツ」を結成してレコードデビューした。

1975年2月21日、グループ名も正式に「ジュニア・スペシャル」から「JOHNNYS’ ジュニア・スペシャル」となり、『ベルサイユのばら』でレコードデビュー(レコーディング日は1974年12月24日)。




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