作詞 阿木耀子
作曲 鈴木キサブロー
編曲 椎名和夫
「歌謡界の女王」の座がこの作品で成就
85年発売のシングルは、いずれも何かしらのコンセプトに基づいて制作されたように思えるが、86年の第一弾シングルであるこの歌は、そんな小細工無用でストレートに楽曲で勝負!といった潔さが感じられる。
まぁ実際は作詞に阿木耀子を起用したあたりに、山口百恵っぽいものをやりたかったんじゃないか?という大雑把な意図は見え隠れするわけだが。
しかし、出来あがった作品は、歌詞・曲・アレンジ、全ての面で無駄のないシンプルで骨太な「ディスコロック歌謡」に仕上がった。
まずは歌詞。
今ひとつよくわからない内容ではあるが、とにかく「欲求不満女のわがままな激情大爆発!」といった”何様ぶり”はよく伝わってくる歌詞だ。この”お嬢”な内容で、百恵とは異なった明菜の個性を上手くフィーチャーすることに成功。
売野雅勇的なしゃらくさい”ルビ”とか振っていないのも、好感持てるし。余計な事は一切していない。
次に曲だが、いきなりの頭サビがインパクト大。この時点で「勝負アリ」って感じだ。
続いて、歌い出しは低音で抑えて、明菜のアンニュイさを強調する作りをしており、サビでは高音域で盛り上げて、明菜ならではの”ハリ”のある歌唱を聴かせる作りにしている。
サビに至るまでのメロディは結構退屈だけど、サビでのキャッチーなメロディが、それまでの退屈さを補ってなお余りある優れた作りだ。いわば、サビを引き立たせるような曲作りをしている。
曲全体の雰囲気は骨太で大雑把な感じだが、実は何気に計算づくで作られた曲だと思う。
で、アレンジだが、これがホントに無駄がないのだ。イントロやエンディングだって素っ気ないほどの短さ。
間奏もギターソロを全面に押し出すも、至ってシンプル。
しかし、全編に渡ってシンセドラムとエレキギターを軸にしたハードな音作りにしていて、シンプルながらも退屈はしない。
♪なんてね、寂しい~ の部分のドラムスや、所々出てくる打ちこみ系手拍子(?)も、作品を締める効果的なスパイスだ。必要最低限の過剰装飾感ゼロなアレンジなのに、物足りなさ皆無なのはサスガ。
作品自体がかように見事な傑作であるが、なんといってもこの歌の成功は、歌番組との相乗効果があってこそだ。
奇抜な着物ルックとザンギリ頭で激しく歌い踊る明菜嬢。
みんなこの歌を聴くと、未だにあの残像が脳裏にチラツクのでは?それほどにインパクトあるビジュアルだった。 歌番組におけるインパクトが、この作品に多大な附加価値を与えたのは確実。
この手のメディアミックス戦略(?)でここまで大きな成果を得たのは、沢田研二「TOKIO」以来では?
明菜陣営もこの成果に味をしめて、その後も歌番組ではこの”ビジュアル至上主義”を一貫。
真の意味で、「歌手・中森明菜」の方向性がこの作品で確立された。
「歌謡界の女王」誕生の記念碑的作品である。(1999.11.19)

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