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顔ラーメン

顔ラーメン

某フードコートのラーメン店でランチをとった。
麺にスープが絡まないお上品なあっさり細麺で口に合わず、満足度の低い食事になった。
この日は、こんな味付けのラーメンもあるんだな程度のプチがっかりで済ませたが、数日後、別のラーメン店でまた同じようなあっさり麺に出くわしてしまった。
麺を食べた時に、ずっと慣れ親しんできたラーメン味覚が口中に広がらず、満足度係数がグッとこないのだ。

先日からの一連の違和感というかがっかり感は何なんだろうと考えつつ、さらに何口か食べ進めるうち、あることに気付いた。
この感覚は遠い昔にも味わったことがあるぞ、しかも二度もだ。

一度目は、大橋巨泉がコマーシャルで「なんちゅうか、本中華」というセリフが印象的だった、ハウス食品の本中華 醤(ジャン)を初めて食べた時の感覚である。ずっとサッポロ一番的な味が主流だったインスタントラーメン(即席麺)に、ノンフライ麺が加わったときの受け入れがたいあっさり感に似ている。
二度目は、日清カップヌードルが重鎮として控えるカップ麺界に、カネボウ食品が送り込んだノンフライカップ麺の広東麺シリーズを食べた時にも感じた、物足りなさだ。
いずれの場合も、新食感を口にした時の印象である。
自分でもよく覚えているものだなと感心するが、若き多感な時期の出来事だったので、商品名も鮮明に記憶に刻み込まれていたのだ。

今回のあっさり麺の印象が、まさにこの時期の感覚と酷似していた。
過去の経験で形成した既成概念が唐突に上書きさせられるときに起こる、自己の不満の声とでも言うべきものだろうか。
昔出会った新食感のノンフライ麺は、やがて定番品の一つとして認知され、我がラーメン界に名を連ねることになる。当時の柔軟で若々しかった脳内でラーメン用のシナプス回路が刷新されたのだろうが、今回はどうやら凝り固まったオヤジ回路内では新しい定義付けは循環しないようだ。

今やこの手の製法がラーメンの主流になりつつあるのだろうか。現在、王将や幸楽苑といったチェーン店でこのあっさり麺は幸いにもまだ見かけていない。
でも、今後ラーメン店を選ぶ時、私の慣れ親しんだラーメン味と区別するために、この新機軸の製法にネーミングをつけてもらいたい。

その後、数店舗で同様の失敗を繰り返すたびに、素通りするラーメン店が増えてくると、ある共通の圧迫感を感じるようになった。
どのラーメン店でも、両腕を組んだ店主が仁王立ちになって、この味を受け入れなさいと言わんばかりの形相で迫ってくるのだ。看板にそういった顔つきの人物が転写され、高みからこちら側を睨みつけて、私を圧倒してくるのだ。
その顔の横には、きまって店主のこだわり的なウンチクが押しつけがましく大書されている。

私はこの手のラーメンを「顔ラーメン」と名付けた。

 

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