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流行歌手の浮き沈み(昭和12年)

流行歌手の浮き沈み(昭和12年)
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画像出典:Wikimedia Commons

先ごろ、ビクターに辞表を叩きつけた小林千代子いわく、ビクターの流行歌手は「好きな歌が歌えない」「芸妓以下の扱い」「給料のない専属」だそうだ。
かつて人気のあった歌手もいつの間にか消えてしまうのも流行歌の世界、川崎豊などは都落ちして姿を見ない始末。

小唄勝太郎

そんな中でも例外なのが小唄勝太郎だろう。
7年前、今はないドイツのオデオン日本支社の文芸部が、明治座の後ろにある料亭で声がいいという葭町よしちょう芸者の勝太郎と仁太郎をテスト、勝太郎だけ受かったのだった。勝太郎はオデオンで「おけさ節」(「葭町勝太郎」名義)を吹き込み、それに目をつけたビクターに引っ張られ、爆発的に売れたもの。

今では家を建て、弟子を取り、市村羽左衛門(15代目)と那須野を散歩する「わが世の春」状態。勝太郎のレコードなら何でもOKというファンが全国におよそ1万人、公務員初任給が75円ほどの時代に、地方での演奏相場は1晩600円から800円、入場料は3円から5円でも満席となるのは勝太郎だけである。14インチ半の首を伸ばして、口元を左に寄せ、左足を前に、仇な歌いっぷり、さすが勝太郎。

東海林太郎

東海林太郎は4年前の1933(昭和8)年に荘司史郎の名前でコロムビアを受けたが、コロムビアは松平晃を取って、東海林は落とした。
その翌年の1934(昭和9)年2月に東海林はポリドールから「赤城の子守唄」でデビュー、空前のヒットとなった。
慌てたコロムビアは東海林を逃した埋め合わせとばかりに作曲家の竹岡信幸をピアノ1台で釣ってスカウトしたものの、3年間鳴かず飛ばず、やっと今春、芽が出たのが「赤城しぐれ」。よりによって「赤城」ものとは何の因果か、因縁か。

藤田まさと

藤田まさとの「青空道中」「旅笠道中」ときて、“道中もの”の棹尾を飾る予定だったのが「妻恋道中」。
無論、前の2曲を歌った東海林太郎でいくと誰もが思ったが…。ポリドール上層部の判断は違った!東海林太郎なら30万枚は堅い、だけどここは15万枚でも新人の上原敏で行こう、差し引き15万枚の損は新人の宣伝料と思えば、と上原敏を起用した。さすがにいまだに日に5、6枚の注文が入る「赤城の子守唄」には届かないものの、妻恋稲荷を建設しようという話まで出るヒットを見せた。
上原敏はポリドール系列コロナの文芸部長秩父重剛の義妹と結婚、今は奥伊豆を“旅笠道中”。
「妻恋道中」ヒットで臨時ボーナス期待のポリドール社員、だけど会社は「売れているのに、売れないそぶり」とか。

昭和12年6月度の新譜状況

それにしても流行歌の新譜の数は多い。
目につくところで、男性新人では霧島昇(コロムビア)、灰田勝彦(ビクター)、樋口静雄(キング)、小野巡(ミリオン)、半島育ちの南邦雄(ビクター)、三村博(ポリドール)、桜井健二(コロナ)、近衛八郎(キング)、井田照夫(タイヘイ)、6月の新譜は男だけで35人、女も入れたら85枚、ほかのレーベルは松竹レコード、ツルレコード、オーゴン、エトワール、これではレコード無し喫茶が流行する訳だ!

そんなにレコード出して売れるのか?といえばコロムビアには独自の販売システムがある。
全国3000店のコロムビア直営店はコロムビアの新譜レコードは必ず1枚は買い取りしないといけないのだ。だからコロムビアの新譜は客が誰も買わなくても最低3000枚はさばけるという計算。

さて日本でいちばんレコードを聴いている人は誰でしょう?それは内務省の検閲官。なんせ流行歌以外のものも含めて毎月1000枚は聴いているという。聴いたレコードは全部、慈善団体にまわしてしまうそうである。

昭和12年のヒット曲事情

レコードがヒットする要素とは。
例えばニュースをレコード化するには東海林太郎の「湖底の故郷」のようにレコードに合うニュースと、合わないニュースがある。そこを見極めるのがレコード会社の仕事。

ヒットには色々な要素が絡んでいる。
勝太郎の「島の娘」、音丸の「博多夜船」、卸問屋や小売屋はこれらのレコードを出だしの20秒で売れるか売れないか判断するのだ。そういえば「忘れちゃいやヨ」の渡辺はま子、今は井上正夫一座にいるが、影が薄くなりかけているし、そろそろ自分から「忘れちゃいやヨ」とアピールする時かもしれない。

「ああそれなのに」が爆発的に売れた浅草の美ち奴、染美ち廼家という独立家屋を作ったが、作詞のサトウハチローは1枚いくらという印税にせずに、100円ぽっきりの契約にしたため大損をしてしまった。テイチクの汲田宣伝部長、サトウハチロー、星玲子の夫で進行部の牧野満男の3人で練りに練った企画から生まれた「ああそれなのに」。作詞が星野貞志となっているのは、企画そのものはせっかく3人で考えたという事で星(玲子)の亭主をサトウハチローがもじったものだ。

鶯芸者が最近、流行歌の世界では重要視されなくなってきている。これは地方へ連れて行くと、花代が馬鹿にならないから。
お座敷をつとめていくらの芸者稼業、地方巡業をしている時間にお座敷の花代と同じルールを芸者置屋から適用されては、レコード会社は赤字もいいところ。しかも本業のお座敷も忙しいときたら、ますますレコード会社のために働いてくれない。
市丸以上の美貌の赤坂百太郎もお座敷の忙しさで、レコードの方はさっぱり身が入らず、コロムビアも匙を投げたか?

そこで芸者でなくて、小唄を歌わせてのどがきれいな女性は、と探せば、いました。筑前琵琶のたしなみがある女性が。麻布十番、末広神社受けの下駄屋の内儀だった音丸は、芸妓ではないが筑前琵琶でのどはばっちり。コロムビアの宣伝部はこの音丸の売り出しに、都内の公会堂はOKを出しても、浅草の出演だけはNGだった。なぜか?エンコ(浅草公園)は特に遠慮ないヤジが飛ぶので有名、そこで「麻布の下駄屋さん!」なんて音丸の素性をばらす掛け声が出たら最悪、と考えたのだった。
ところが音丸本人はいたってさっぱりしたもので、道でも「下駄屋の姐御!」と声をかけられると「よくご存知」と返す始末。音丸“姐さん”、もともと素人だったのが、だんだん派手になり、遂に最近、夫と離縁してしまった。
また、タイヘイでは筑前琵琶でなく、常盤津くずれの夢香を静岡から呼び寄せ、売り出し中。

舞台度胸といえば徳山璉、藤山一郎はアコーデオンを駆使するが、舞台は完全に板についてはいない。東海林太郎、中野忠晴は無難。レコードよりも舞台で引き立つ歌手としては、小林千代子、淡谷のり子、市丸、勝太郎、赤坂小梅などがいる。

舞台といえば地方巡業。
静ときわがある日、地方巡業に出向いた折、彼女のファンという青年からメノウの高価な帯留めが。ところが後日、血相を変えた老人が素っ飛んできた。なんでも倅が店の品物を盗んだとかで、それが件のメノウの帯留め。無論、老人に返したとか。

悲惨なのは、東北へ巡業した際の松島詩子。幾つもの芸名を持った松島詩子だが、以前に千早淑子の名前でその地へは訪れた事があり、今回もきっと歓迎してくれると思った、ところが、客は「あれは松島詩子じゃねえ、テイチクの千早淑子じゃねえか!」「にせものの松島詩子が来ただ!」と大ブーイング。それ以来、松島詩子は芸名を一本に絞ったとか。

最後は舞台の前には必ず立てひざで樽酒を飲むという新橋喜代三。そんな彼女に中山晋平がプロポーズ。その愛の告白は…喜代三の家の前に届けられた8樽の酒だったとか。

新進流行歌手紹介

声さえ良けりゃ、ご面相は…。
なんていうのは昔の話、市丸、小唄勝太郎の登場から、流行歌手も舞台姿の美しさが要求されるようになった。

市丸は損をしている。声の前に顔で見られてしまい、その印象が余りにも強いからだ。レコード歌手のそれまでの概念を覆す美貌。「市丸はきれいだね」というのが多くの観客の漏らす感想、無論、声も素晴らしいのに。

一方、勝太郎はというと観客のほとんどは「勝太郎は良い声だね」との反応、あれ?顔より先に声?なんて野暮な事は言わない、言わない。
市勝のデビュー時代から数年を経て、流行歌手の条件はさらに厳しくなっている。

そのポイントが、レコード、舞台、映画。つまりは声がきれいで、舞台姿が良くて、演技も出来れば言う事なし。歌手から舞台や映画に進出したのは藤山一郎、徳山璉。
逆に舞台から歌手に進出は能勢妙子、江戸川蘭子、さらに映画から歌手に進出はというと高田浩吉、岸井明、杉狂児、伏見信子。

それでは各レコード会社毎に新進歌手をスケッチしてみよう。

まずビクター。ガラガラ声だが性格的な歌い方の三益愛子、まだパッとした人気はないが最近めきめきと売り出し中の能勢妙子、SSK出身の江戸川蘭子、藤山一郎のような都会的歌手だが藤山よりも感情豊かな灰田勝彦、灰田は明確な路線が打ち出せれば成功するだろう、そしてポスト徳山璉の久富吉晴。

続いてミリオンを見てみよう。静ときわは肉感的なところでポスト渡辺はま子か、小野巡はご存知、そして邦楽出身の蘭わかの。

テイチクは大幹部に楠木繁夫、美ち奴、新人ではP.C.Lの女優ジャズを歌わせたらうまい神田千鶴子、明朗な歌声の奥田英子。

キングでは、10年来の古顔だが声質からいつも新人みたいに若く見られる松島詩子、九州出身の樋口静雄、法学出でタンゴの大家でもある杉井幸一、花形はこの人、三門順子。

コロムビアはどうか。掘り出しものと評判なのが二葉あき子。何でも器用にこなし、それでいて真実に溢れているから「純情歌手」のニックネームが、さながら「もぎたてのリンゴ」のよう。声に艶がありポスト東海林太郎と目されているのが霧島昇。昨9月に京城からやって来た赤坂芸者の百太郎は市丸以上の美貌。

最後にポリドール。若々しい上原敏と達者な結城道子は共に小型東海林と評判。花岡佐代子は前田前鉄道大臣の姪だが、結婚経験があり、丸山和歌子ばりのエロテッィクな歌声で聞かせる。ポリドールの親戚、コロナからは有島通男、河東田敏子で決まり。





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