70-80年代アイドル・芸能・サブカル考察サイト

ジャニーズ少年隊

コメント

分類ジャニーズJr.

少年隊の前身グループ。活動期間は1981年から1984年5月20日まで。田原俊彦や近藤真彦のバックダンサーを務めたこともあった。

[メンバー]
錦織一清植草克秀東山紀之

[脱退メンバー]
松原康行

[サポートメンバー]
鈴木則行

1981年当時、まだ20人ほどしか居なかったジャニーズJr.のことを、総じて「ジャニーズ少年隊」と呼んでいた。その中からダンスの上手い代表的な4名(錦織、植草、東山、松原)が抜擢されてグループを結成。この4名で、近藤真彦のハウス食品「ロッカッキー」の第3弾CMにバックダンサーとして出演。
1981年8月に開催された「たのきんファミリー・バカンス ハローツアー」(『月刊明星』で参加者を募集したファンツアー。行き先はハワイとロサンゼルス。主催:小西六写真工業)にも、たのきんトリオひかる一平と共に同じ4名(錦織、植草、東山、松原)で同行した。

帰国後、東山が高校受験のために活動を一時休止。サポートメンバーの鈴木則行を加えた4名で、同年9月より、ひかる一平主演の映画『胸さわぎの放課後』の撮影に入る(公開は1982年4月17日)。同時期のひかる一平の歌謡ショーでも4人でバックを務めた。

1981年10月6日から始まったテレビ東京のバラエティ番組『ザ・ヤングベストテン』に、錦織、植草、松原の3名で「Bチーム」というグループ名でレギュラー出演を開始。(グループ名は1982年3月から元の「ジャニーズ少年隊」へと戻された。なお、対する「Aチーム」は後のシブがき隊)

以後、田原俊彦、近藤真彦、ひかる一平などのバックダンサーとして活躍。松原は1982年4月スタートのテレビドラマ『3年B組貫八先生』に出演が決定。
一方、ジャニーズ少年隊としてはTBSのバラエティ番組『ピンキーパンチ大逆転』へのレギュラー出演が決まり、松原だけがグループのスケジュールと合いづらくなるため、松原は1982年3月にジャニーズ少年隊を脱退(貫八先生出演終了時に同番組共演の屋木里美(秋田令子役)と恋仲になり、駆け落ち騒動を起こして引退)。そして松原と入れ替わりで、高校受験を終えて戻ってきた東山が、再び「ジャニーズ少年隊」のメンバーとして復帰。
1984年5月21日、ビデオ『少年隊』の発売を機に、グループ名が「ジャニーズ少年隊」から正式に「少年隊」となった。




ジャニーズJr.

 

情報提供・コメント

タイトルとURLをコピーしました