70-80年代アイドル・芸能・サブカル考察サイト

2019年1月

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J-POP史変遷

エレキ・インスト

1960年代初頭のアメリカ音楽文化に於いて、これまで巨大資本を背景にレコード会社などがリードしてきたメディア戦略とはかけ離れた、南カリフォルニアの学生たちが中心となった大衆先行型のサーフィン・ミュージックの胎動があった。自主制作盤を経て全米...
J-POP史変遷

グループ・サウンズ

1950年代中期からイギリスではジャズやフォークなどをベースとしたスキッフル・ブームが巻き起こり、1956年発売のロニー・ドネガン&スキッフル・グループ(LONNIE DONEGAN & His Skiffle Group) 「ロック・アイ...
J-POP史変遷

カレッジ・フォーク

アメリカ音楽を翻訳していた1960年代の日本の音楽パノラマを俯瞰すると、一方ではロカビリー、カヴァー・ポップス、エレキ・インスト、グループ・サウンズの音源が浸透し、他方ではフォークソングの支流が静かに波紋を広げながら舞台の本流に押し寄せて、...
J-POP史変遷

関西フォーク

コマーシャリズムに吸収された東京のカレッジ・フォークに対して、関西では、社会の矛盾、体制への反抗といったアメリカで起きたモダン・フォークの社会背景を日本なりに再現したプロテスト・ソングが、民衆レベルの生活を源泉とする運動から派生し、フォーク...
J-POP史変遷

日本ロック前史

1960年代後期は、これまでのロカビリー、エレキ、GSで得た資産が下地になって、レッド・ツェッペリン、クリーム、ジミ・ヘンドリックスといったニューロックの旗手たちによる影響で日本の音楽文化は多様化し、既存の芸能プロ体制では収まりきらない若い...
J-POP史変遷

ニューミュージック

70年安保敗北により学生運動は沈静化に向かい、フォークの主流は政治思想から若者自らの心象風景を採りあげた抒情的な視点に移行し、吉田拓郎「結婚しようよ」(1972年/昭和47)、井上陽水「傘がない」(1972年/昭和47)、かぐや姫「神田川」...
J-POP史変遷

パンク・ロック

1960年代に於けるアメリカのアンダーグラウンドでは、従来のロックの枠には収まりきらない新しいスタイルのバンドが誕生していた。彼らは、演奏テクニックも楽器も充分には持ち合わせていなかったが、伝えるべき自分の感情を思いのままに演奏する奔放さが...
J-POP史変遷

テクノ・ポップ

1974年にリリースされたドイツ出身のクラフトワーク「アウトバーン」はドラムマシンとシンセサイザーによるミニマリズムをロックに導入し、パンク以降のニュー・ウェイヴにテクノという概念を提示した。ミュージシャンの人的演奏テクニックを排した無機的...
J-POP史変遷

インディーズ

かつて1960年代に起きたエレキ、GSブームの渦中にいたバンドには、ライブハウスやインディー・レーベルといった活躍の場もなく、お仕着せの意匠をまとい、商業システムに埋没する手段しか用意されていなかった。1970年代後半からのパンク・ニュー・...
J-POP史変遷

ガールズ・ロック

今では女子中学生のロック・バンドがヒット・チャートの上位を占め、バンドルという呼称もあるほどだが、日本のロック黎明期にあたる60~70年代に女性がロックを表現するということは稀有なことであった。男性主導のロック界にはじめて頭角を現した女性ア...