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三好圭一

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分類歴代ソロ

みよしけいいち。1966年7月2日生まれ(56歳)、神奈川県横浜市南区中里出身→川崎市(1984年3月頃に転居)。
元ジャニーズJr.。元俳優。愛称:ゆた、ゆたちゃん(由来はTBSドラマ『家族ゲーム II』での役名“殿村豊”から)。

1980年代にジャニーズ事務所に所属し、身長181cmという長身の体型を活かして数多くのテレビドラマで活躍した。中でも特に、TBSのドラマを専門に出演していた。

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テレビドラマ『熱中時代』の水谷豊を観て役者に憧れる。しかし劇団に入るのは費用がかかるので避け、レッスン代が無料だという理由でジャニーズ事務所に応募し、1982年5月に入所。当初はジャニーズJr.として、少年隊の楽曲「あいつとララバイ」のバックダンサーや、1982年10月16日スタートのテレビ東京『レッツGOアイドル』にてシブがき隊のバックダンサーを務めていた。同年12月31日放送の『第24回 日本レコード大賞』(会場は帝国劇場)でシブがき隊が最優秀新人賞を受賞した際にも、バックダンサーの中に三好の姿が確認できる。

1983年2月、TBSドラマ『オサラバ坂に陽が昇る』のオーディションを受ける。面接で「役のために坊主頭になってもいいですか?」と問われ、「嫌です」と答えたにもかかわらず合格。仕方なく坊主頭になることに同意した。
『オサラバ坂に陽が昇る』でドラマデビューしてからは、念願だった俳優業を専門に活動するようになった。そのため、ジャニーズ事務所のタレントからは、「ジャニーズで唯一バック転が出来ない男」とからかわれてしまうこともあった。(注:実際には他にもバック転が出来ない者は沢山いた)

雑誌『プチセブン』には1983年10月21日号、『週刊セブンティーン』には同年11月22日号で初登場。セブンティーンでは1984年4月17日号にも登場した。
アイドル雑誌『POTATO』の1985年2月号と10月号にて表紙を飾る。また、同年9月号では綴じ込みピンナップのモデルにも選ばれた。

鈴木雅之率いる「ラッツ&スター(旧名:シャネルズ)」を見てドゥーワップにハマり、俳優活動の傍ら、1986年初頭に5人組のドゥーワップバンド「ソウルブラザーズ」をプライベートで結成。

1987年にジャニーズ事務所を退所。
1989年に新たな芸能事務所に所属して俳優活動を再開したが、1991年6月6日に放送された連続ドラマ『芸者小春の華麗な冒険』(テレビ朝日)の第9話「ひと目惚れに裏がある!?」にゲスト出演したのを最後に芸能界を引退。

引退後は、新宿の「伊勢丹」に就職。その後、渋谷の「西武デパート」にアルバイトとして転職し、数年間勤務。食器売場、家具売場、お中元センターなどを受け持ち、時には配送係も担当した。

一時期小説家を目指し、1995年に公募新人文学賞の「鮎川哲也賞」に『最期の風景』という作品で応募した結果、受賞候補作に選ばれた。

2000年に墨田区錦糸町にあるホテルの結婚式場で司会の仕事をしていたことと、2007年時点では結婚をして横浜市に住み、一般の会社に勤めていることが確認された。




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