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原田知世『雨のプラネタリウム』

原田知世『雨のプラネタリウム』
発売日 1986.06.21
作詞 秋元康
作曲 後藤次利
編曲 後藤次利

声高にロックを目指した女性アイドルの先駆け

この作品は車のCMソング。
今回はより一層アーティスト性を追及した成果なのか、前作以上にロック色の強い仕上がり。
歌番組の出演も多かったし、ウエーブを掛けたロングヘアーに、バックバンドを従えたビジュアル面の戦略も、声高に「知世・アーティスト宣言」を主張しているかのようで、なんだかもう後戻り出来ないかのような、並々ならぬ気合が感じ取れた。

菊池桃子や本田美奈子がロックに走る2年も前に、女性アイドルとしては先陣を切ってロックを目指していたわけだが、知世のスタッフ陣はなかなか時流に敏感といえる。
これ以前にも、ロックっぽいアイドル歌謡は存在したが、A級アイドルがイメチェンを宣言して(実際に宣言はしなくとも、世間がそう受け取った、という意味で)ロックに手を染めたのは、たぶんこれが最初ではなかろうか?
アン・ルイスなんかは、また全然意味が違うと思うし。

歌詞は、これまでになく大人びた内容になっていて、恋人との別れの心象を、雨模様の都会の風景と照らし合わせて描写している。
割りとありがちな主題だが、プラネタリウム・星・銀河など、天空がらみなキーワードを多数用いて表現しているのは、「時をかける少女」に象徴される、彼女が従来より十八番とする”SF感”をちりばめる事で、リスキーなアーティスト路線断行の保険にしているような気がする。うがちすぎかも知れないけど。
車のコマソンらしく、”車のルーフ””Car-radio”といった、カー用語もきちんと押さえている。

曲はマイナー調のアップテンポ。後の国生さゆり「あの夏のバイク」にも通じる曲作りで、後藤次利らしい曲だ。
中音域がメインで、知世に合ったキー設定がなされているが、サビでは高音域で歌い上げる作りをしている。
今まではこうした”聴かせる”曲作りに、知世の歌唱力が追い付かない感があったが、今回はちゃんと歌いこなしているし、全体的に表現力もUPしていて、歌手としての成長を感じさせるヴォーカルを聴かせてくれる。
そう言う意味では、今回のアーティスト志向(大した事はないが)は”機が熟した”とも言えるのか。

アレンジはゴッキーらしく、エレキギターを強調したハードなロックテイストだが、シンセ類・キーボードを多用したり、硬質なエレピの旋律等で洗練された音作りをしている点は、a-ha「シャイン・オン・TV」あたりをモチーフにしていると思う。
ロック志向でも、アメリカではなく北欧系を参考にするあたり、センスの良さを感じるし、実際、こうした音作りは、雨の都会を舞台にした歌詞にもマッチしている。

さらに、所々リズムを変化させていたり(特に♪優しくするのはやめてもうこれ以上~ の部分は圧巻)、歌い締めではエコー(ではないか)を効かせたりと、仕掛けも満載で充実の仕上がり。
しかし、イントロのごちゃごちゃしたアバンギャルド(?)なキーボードや、エンディングの訳のわからん終息はどうにもいただけないが。

この作品で、知世がロックを目指した事は、当時私にとっては結構衝撃的だった。
その衝撃は「よくやった!」という賞賛よりも、どちらかと言えば、「何故?」「身に付いちゃいねぇよ」という否定的な感情なのだが。

しかし、菊池桃子・本田美奈子の時とは違って、世間一般では路線変更に対する拒否反応はさほど無かったようだ(従来からのコアなファンは除く)。
これは、桃子の「ラ・ムー」、美奈子の「ワイルドキャッツ」とは違って、知世はバンドという形態を強調しなかった事が最大の理由だと思うが、彼女の声質・キャラクターが、ハードなロック調サウンドに嵌まらなかった事も大きく起因していると思う。

嵌まらないが故に受け入れられた、というのも逆説的だが、要するに声質・キャラの透明感が、ロックの熱さ・泥臭さを中和して、完成品としては丁度いい按配に仕上がったということだ。
そういう意味では、この作品、彼女の個性を逆手に取った傑作である。(2000.2.25)

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