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原田知世『逢えるかもしれない』

原田知世『逢えるかもしれない』
発売日 1987.05.02
作詞 澤田直子・松本隆
作曲 後藤次利
編曲 後藤次利

結構気になる、後藤次利と山下達郎&竹内まりや夫妻の相関性

今回もタイアップ付きで、なんとJRのイメージソング(CMソングではなかったと記憶する)。
それにしても、どうして知世にこんな渋い仕事が回って来るのか。
どちらかと言えば、彼女は都会的で私鉄っぽい雰囲気だし、全然JR向けだとは思えないけど。
たぶんJRサイドは、「山口百恵に一番近いタレントでここは一発!」という算段があったと思う。

しかし、最も近しいイメージの中森明菜だと、旅情を掻きたてるというよりは、別世界への旅立ちになりそうだし。
「それなら百恵と同じ”女優兼歌手”である原田知世で」、という安易な起用ではなかろうか。
だったら、薬師丸ひろ子のほうがJRっぽいだろう、とは思うが、あの歌声だとメッセージソングとしては少々重たいかも。お手軽な国内旅行を消費者に啓蒙する分には、知世のラフな声質は案外最適なのかもしれない。

で今回は、「いい日旅立ち」をもう一度!と言わんばかりに、気合満々に楽曲制作されたはずだが(ホントか)、完成品は今一つパッとしない。

歌詞は一般公募して選出された作品を、松本隆が手直しした代物(最近、一般公募の歌詞って無いなぁ)。
特に主題は存在しないが、遮二無二、故郷への憧憬・旅先での郷愁をイメージさせるようなフレーズで全編を綴っている。
 ♪青い麦 光る風 銀紙の海~ ♪遠い街 近い街 景色が変わる~
 ♪瓦屋根 板張りの古い学校~ ♪縄跳びをする少女 あれは私ね~
JRというよりは、あからさまに国鉄っぽいが。
全体としては、百恵の「いい日旅立ち」同様、深い意味がありそうで実は無い!という、いかにもなJR賛歌に仕上がった。
ただこの歌詞、どの部分が素人作で、どの箇所が松本作なのか、そのパート分け・役割分担がちょっと判りづらい。 おそらく、サビ前までが素人作で、サビが松本作だと、僕は推測しているのだが。

しかし、この作品で最も気になるのはサウンド面。
偶然だか意図的だか知らないが、サウンドに関しては何故か竹内まりやっぽいのだ。
曲は「いい日旅立ち」同様に、スローテンポなマイナー調で、「A→B→サビ」という構成なのだが、このAメロが、まりやが牧瀬里穂に提供した「Miracle Love」のAメロ部分と酷似している。
まりやと似ているのは曲のみならず、アレンジもまりやの「駅」っぽい。
特にサビ前まではよく似ていて、テンポ自体も近いが、ドラムスを極力押さえたリズムセクションや、エレピ等のキーボード類で淡々と展開するくだりなんかはそっくり。
どちらも”駅”を舞台にした歌詞展開がなされているので、共通する作品世界の表現をそれぞれに追求した結果、似たようなアレンジになってしまった、という好意的な解釈も出来るのだが、それにしても似ているゾ。

後藤(職業作家)とまりや(シンガーソングライター)のパブリックイメージから考えると、ゴッキーがまりやをパクってるように思えるが、先述のまりや作品よりも、この「逢えるかもしれない」のほうが早いリリースなのだ。

まりやの「駅」に関しては、夫の山下達郎がアレンジを手掛けているのだが、この夫婦、「うちは洋楽志向ですので、歌謡曲は筒美京平と漣健児以外、興味はございません」というスカした顔をしていながら(知らないけど)、何気にミーハーなゴッキーサウンドにも着目していたのか?
歌謡曲仕事をする際、ヒット戦略として参考にしていたのだろうか?
そもそも「駅」のアレンジは、曲が内包する歌謡曲性を、なるべく排除する形でサウンド作りを試みた、と達郎が述懐していたと記憶するが、この「逢えるかも~」と対比する限りでは、思いっきり発言と仕事が矛盾しているんだけど。

この作品、サウンドから推測される、ゴッキーとまりや&達郎夫妻の相関性については、色々と興味が尽きないのだが、作品自体は冒頭で述べたように凡作。
曲もサビメロが弱いうえに全体的にキャッチーとも言えず、歌詞も「いい日旅立ち」と比べたら凡庸極まりない。(2000.2.25)

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