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田中美佐子『スペインへ行きたい』

田中美佐子(たなかみさこ)ディスコグラフィ
発売日 1983.10.05
作詞 阿久悠
作曲 奥慶一
編曲 萩田光雄

百恵フォロワーというよりも、明菜路線を先取り(?)

昨年、Pヴァイン・レコードから『お・し・え・て・アイドル』というコンピレーションCDが発売された。
これは80年代のB級アイドルを中心に、陽の目を見ずに埋もれて行った楽曲を復刻する主旨のシリーズ物で、各レコード会社の音源毎に編集された計8枚がリリースされて、いずれも好評を博し、今回網羅できなかった音源は”リクエスト・ボックス”の形でまとめて追給する事も内定している模様。

そんな『お・し・え・て~』であるが、確かに貴重な音源の多い魅力的なラインナップで、僕も全てでは無いが(1枚2,800円と少々高額なので)数枚を購入した。

その収録曲目の中で、個人的に最も印象に残ったのが、この「スペインへ行きたい」である。
田中美佐子の歌手業といえば、数年前に浅野ゆう子と組んだ”jelly beans”なるユニットが有名だが、それ以前にソロで「スペイン~」をリリースしていた事は知識として見知っており、今回初めて聴いたのだが、思いがけない出来の良さに一聴して気に入ってしまった。

作詞は女性アイドルにも多数楽曲提供している阿久悠。
氏に”少女趣味”が身に付いちゃいないせいか、僕はこのジャンルでの仕事をあまり評価していないが(ピンク・レディーは除く)、その代り、大人世界の描写で抜群の冴えを見せるのは周知の事実で、「爛れた愛を絶ち切るために、スペインへ旅することを夢見るオンナ」という今回の主題も、無難に表現出来ていると思う。

 ♪死んだ蝶を見つめながら さめた愛をピンでとめて 心を翔ばしている~
 ♪こんな暗い愛にひかれながら生きていたら いつかきっと笑い顔も見せなくなる時が来る~
 ♪肌を寄せた時は 愛を信じ涙流し 朝になればつらく思う 孤独が理由ならいや~

少々エグいながらも卓越した描写で、さすがの安定ぶりである。
描写のエグ味では、なかにし礼と共通する阿久であるが、当然作風の肌合いはそれぞれに異なり、その一番の違いは”湿度”だと思う。 なかにしが”湿”なら阿久は”乾”かな、と。 大雑把に云えば。

で、今作は屈折しながらもどこかドライな描写で、その点非常に阿久っぽいと云える。
かように大人びた、しかも陰鬱な作品世界であるが、1983年当時の美佐子嬢のイメージって、大体こんな感じではあった。
と云う事は、作家と歌い手の個性が合致していて高水準な出来なのだが、それにしても実際に旅立つ事無く、自分がスペインに居る事を夢想して ♪そんな姿思えば もう愛さないもう抱かれない 私の心あなたを離れ~ ってのは変だが。
「おいおい、エラい簡単やないけ!」「だったら悩むなよ」ってな底浅いナルシスであるが、女優的な艶っぽさは出てるので不問にしておく。

作曲の奥慶一は、後に高橋真梨子「桃色吐息」(編曲)・岩崎宏美「決心」(作曲)など手掛けており、エキゾティックなサウンドには定評のある作家で、今回は一応スペインをテーマに据えているのだから、フィットした人選である。

曲構成は「A→B→A→B”→C→D」の全編マイナー調で、高音域から低音域へと階段状にスライドしたり、リズムが変化したりと、要所要所で仕掛けがあって、そこはかとなく異国ムードの漂うメロディに仕上げている。
Dメロで大らかに謳い上げる展開もラテンっぽいが、本業女優の田中に合わせて、さほど音域に広がりを与えず唄い易くしている。 全体がムラ無くキャッチーだし、音域も歌い手に即していて、曲作りも文句無しだ。

これに対して、萩田のアレンジはごくシンプル。
タンバリン以外にラテンパーカッションは取り入れず、リズムも8ビートが基調で、スパニッシュ風味は希薄。
強いて云えば、ストリングスの調べが多少それっぽいかなぁ、という程度。
ただイントロの旋律は結構印象的で、間奏・エンディングでも、この旋律を必要最低限に使い回しており、個性に欠けるが、その分手堅い作りをしている。
まぁ実際に主人公がスペインに旅立つわけでも無いので、曲が少々エキゾティックであれば、アレンジはこんなモンでOKとも云えるし、せっかくの優れたメロディを邪魔しないのも正解か。

この作品、異国情緒漂うサウンドに大人びた主題という、「美・サイレント」「謝肉祭」辺りの山口百恵を意識したであろう事は誰の目にも明白。

しかし、主題・サウンド、いずれも田中のキャラ(当時の)にはマッチしてるし、作家の個性も発揮されていて、パクリっぽくはあるが、傑作と呼んで差し支えないと思う。
ただ、アレンジに百恵作品ほどのエキゾティシズムは無く、歌詞にも百恵ばりの”凄み”よりは”気だるさ”が漂い、トータルの作風は、むしろ中森明菜に近い雰囲気。
実際、楽曲的にも「北ウィング」と「ジプシー・クィーン」を足して割ったような按配だが、それ以上に田中の歌唱が明菜チックだと思う。

アルトな声質・低音での囁き唱法・張りのある高音(田中はやや力不足だが)など、明菜のそれと感じがよく似ているのだ。 しかし、田中の歌唱はごく素直で、トーンもキーも、喋りと全く同じの地声なのだが。

となると、「意識したのは百恵じゃなくて、地声の近い明菜では?」って事だが、この作品がリリースされた1983年、既に明菜はデビューしていたものの、「北ウィング」で”脱・アイドル”を図る前なんである。
歌唱はともかく、この時点で作風がダブる事は無いわけで、両者が似ているのは全くの偶然なのだが、結果として”明菜スター路線”を先駆けているのは興味深い。 後に明菜が「スペイン~」を意識したとは思えないけど。
でも、明菜がこれをカバーしたら面白いだろう。

ところで、田中といえば当代随一の人気女優で(まだ一応)、今や大御所とも呼べるベテランであるが、「スペイン~」発売時は御年24才の新進女優であった。
そんな田中も、80年代末期の”トレンディドラマブーム”で波に乗り、一躍脚光を浴びて現在に至るのだが、当時の僕は、そんな彼女のブレイクを不思議な想いで傍観していた。

というのも、それまでの田中はたまにドラマの脇役で見掛ける程度で、大した人気が無かったのはもちろん、先述の通り、当時のイメージといえば、今のサバサバした姐御然たる雰囲気とは異なり、それこそ「スペイン~」の鬱屈した世界観が良く似合う、地味で暗い感じの女優だったのだから。
当時から美人で演技力もあったが、人気者になり得る要素は低く、「次代を担う期待のホープ」と称されながらも、『ダイヤモンドは傷つかない』『丑三つの村』等、いつまで経っても映画枠でしか活躍出来なさそうなマイナー感が彼女にはあった。

自分の中では、白都真理・中村久美らと同類項として捉えていたが(今ならさしずめ鈴木砂羽あたり?)、『男女7人夏物語』の大ヒット以降、トレンディドラマの流行で、30才前後(当時)女優のニーズが急速に高まり、浅野温子・浅野ゆう子・賀来千賀子・かとうかずこ・斉藤慶子・桜田淳子など、これまでパッとしなかった女優たちにもスポットが当たり、田中もそんな一派に上手く潜り込めた。

「なぜ地味な田中がそこに?」という疑念は拭えなかったが、公平に見てスタイルの良さはかなりのものだし、身長の高さも時代に合ってか、絵面的にはすんなりトレンディドラマに馴染んでいたのが意外であった。

こうして連ドラに進出する一方、当時田中は浅井企画に所属したせいか、並行してバラエティにも意欲を見せており、『欽きらリン5:30』では萩本欽一・CHA-CHAと、『クイズ早くいってよ!』では関根勤とそれぞれ共演していたが、女優としてマイナスになる事も無く、逆に気さくな一面を茶の間にアピールする事に成功し、これまでの地味なイメージを完全に払拭した。

かようなイメチェンの結果、”好感度女優”の名を欲しいままにして、『十年愛』辺りでトップ女優に君臨して以降、さすがにバラエティ展開は撤退したものの、その後も自然体の魅力・美貌は衰えず、現在ではW浅野(死語か)以上に安定した活躍をしているのだから、人ってどう変わるか判らないと思う。

まぁこうした変化はW浅野にも云えるんだけど。
にしても、Take-2の深沢と結婚するとは。今更話題にするのもナンだが、やはりそれが一番のビックリかも。(2001.05.02)

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