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Shall we dance?

Shall we dance?

精密に重なり合った二重螺旋構造の踊り場で、染色体がダンスをしている。

振り付けは歓喜と悲哀に満ちた装いを表現し、いつ果てるともなく続いてきた。
素敵な出逢いと喜び、高鳴る鼓動、燃え上がる一瞬を象徴する調べに合わせて踊りが続き、そして時には悲しみの淵へ追いやる舞が続くが、それは歓喜へと導く劇的変化を狙った前奏曲に過ぎず、より効果を高めるため注意深く楽譜は描かれている。

我々は、産業革命の汚染を知らず、自然との交信方法を継承し独自の文化を築き上げてきた人々を未開の地に住む人々と呼ぶ。
彼らは高速道路を猛スピードで疾走する文化の産物を見て、それをどの様に受け止めるだろうか。

伝承や神話に裏付けされた予言をそこに見出すだろうか。
素足に感じる大地もない、彼らにとっては辺境の地に棲む猛獣として恐怖心を表すだろうか。
その産物の中に腰掛けている人間を見ても、それの意味するところは求められないはずだ。
やけに平然とした顔付きで猛獣の餌となっているが、もう諦めの境地に達したのだろう、と思うかも知れない。
彼らの耳には食事にありついた肉食獣が愉快に喉を鳴らす音であっても、我々にはそれが車の排気音であることがわかる。

延々と交差する不毛の地を猛進する生き物達は、我々が綴った設計図をもとにして、大量生産された工場製品である。
ハンドル、ブレーキ、アクセル等の指示命令系統を介して、我々の気まぐれな意志に対し忠実な行動を取る、単なる部品の寄せ集めなのだ。
この例え話は遺伝子の振る舞いを比較する上でのアナロジーになる。

交差点を行き交う人々の群をぼんやり見つめていると、その指針が見え始めてきた。
誰かにアクセルを踏まれ黙々とストライプの歩道を渡る人々は、どこに行こうとしているのか知らない。
信号が赤になった。
人々の群は誰かにブレーキを掛けられて、足を止めた。
我々は意識の深淵に折りたたまれた楽譜から流れる調べを敏感に感じ取り、盲目的にその振り付けに従う。
我々はその音楽に対しては何も知らない未開人だ。(1997/11/25)

 


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