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中森明菜『少女A』

少女A
発売日 1982.07.28
作詞 売野雅勇
作曲 芹澤廣明
編曲 萩田光雄

ツッパリアイドル歌謡の「正解」

いわゆる”ツッパリ歌謡”というのは、山口百恵「プレイバック・PARTⅡ」が元祖らしい。
同じ百恵でも「ひと夏の経験」なんかは”性典ソング”で、ツッパリとはまた違うし。
山本リンダや夏木マリなんかは”セクシー歌謡”だし。
まぁ探せば百恵以外のとこから、「プレイバック~」以前の元祖が出てくるかもしれないけど。
しかし、ツッパリの”アイドル歌謡”となると、この「少女A」が元祖ではないかと思う。売れたモノでは。

ここで、僕なりの”ツッパリアイドル歌謡”の定義を。

 (1) ロック調の曲・アレンジ
 (2) あくまでも少女の視点で、彼氏や大人・世間への不満を表現すること
 (3) アイドルである以上、男言葉の多用やヤンキー色が強く出ることは避けたい

まぁこんなところか。
(1)についてはご理解いただけよう。
(2)だが、やはりツッパる以上は、不平・不満を吐き出すようなテーマを望む。
(3)もお分かりいただけると思う。

そう考えると、「プレイバック~」は(2)で引っかかる。
不満大爆発ではあるが、少女ではなく、大人の女だから。
同じ百恵の「絶体絶命」もしかり、「ロックンロール・ウィドウ」もそうだ。
ただ百恵と「少女A」の間には三原順子がいるが、デビュー曲の「セクシーナイト」は、内容が特にツッパリというわけではない。文字通り”セクシー歌謡”であろう。

ただ横浜銀蝿と絡んだ「だって・フォーリンラブ・突然」なんかはツッパリ歌謡だといえる。
しかし、あれは恋の喜びをヤンキー的に表現しているもので、上記の条件(2)(3)で引っかかる。
そうなると、やはり「少女A」が(1)~(3)の要素を満たす「ツッパリアイドル歌謡の元祖」と言っていいだろう。
「いいだろう」って、自分が勝手に決めてるんだけど。

まぁ三原順子の場合、百恵の後継者としては若すぎるので、ティーン向けの”ツッパリアイドル歌謡”を歌わせようと、スタッフは模索していたように思う。ただその正解がいつまで経っても出てこなかったような感じ。

スタッフも三原自身が作品以上に出色のツッパリキャラだったことに、むしろ困惑したのかも。
目くらましされたというか、「木を見て森を見ず」というか。そこにきて「少女A」の出現!
いきなり思いもよらないところから正解を提示された形だ。三原陣営は悔しかったろうなぁ、きっと。
鳶に油揚げをかっさらわれたように思っただろう。
でも、明菜陣営は”三原の轍は踏むまい”と研究した結果、「少女A」を世に送り出したハズ。
とまぁこんな感じで、「少女A」誕生には三原順子という踏み台があった・・・・のかも知れない。
僕の想像ですけどね。(1999.11.19)

 HAGGYの台所
 


情報提供・コメント

  1. わかな より:

    この曲と出会ったのは小学生の頃です。
    それまで聖子ちゃんばかりを聴いていましたが同級生の女の子が休み時間に口ずさんでるのを聴いて、「早口言葉みたい・・・。でも、なんだかカッコイイ歌だな・・」って、思ってたのを今でも覚えています。
    母親が歌番組をあまり見せてくれず当時の流行歌はお友達が歌ってるのを聴いて覚えていましたね(笑)。アイドルのステッカーが大流行してて おもちゃ屋さんで確か10円か20円だったかな?群青色の袋にステッカーが入っており、買って開けてみないと誰のが入ってるのか分からないようになっていました。
    自転車に貼ったり、下敷きに貼ったり、勉強机に貼ったり・・・(笑)。こういうのが母親はとても嫌だったらしく=歌番組もあまり見せてくれなかった(苦笑)。明星や平凡、近代映画(だったかな?)を買って付録の歌本を片手に学校でお友達が歌ってた曲を思い出し、お家で歌いまくってましたね♪♪♪この頃は本当にアイドル全盛期でしたね。お友達のお家には必ずと言っていい程、アイドル雑誌についてる巨大ポスターが壁や天井に貼ってありました。
    「少女A」を聴くと、そんなアイドル全盛期、小学生の頃休み時間に歌ってた事、アイドル雑誌など 色々なアイドルを思い出します。(笑)

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