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川﨑麻世

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1963年3月1日生まれ(59歳)、大阪府寝屋川市出身、大阪府枚方市育ち。
デビュー:1976.06.27
デビュー曲:ラブ・ショック(1977.07.01)

かわさきまよ。「川崎麻世」と表記されることが多いが、正確には旧字の「川﨑」姓。
父は、松竹京都所属の映画俳優の安住譲あずみじょう。元妻:タレントのカイヤ。

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1975年7月から、よみうりテレビ『プリン・キャッシーのテレビ!テレビ !!』(司会:横山プリン、キャッシー) → 『鶴光のテレビ!テレビ』(司会:笑福亭鶴光)内の素人参加コーナー「パクパクコンテスト」(通称:パクコン)で、西城秀樹の振り真似でグランドチャンピオンに輝き、レギュラー出演するようになって人気を博す。(初代グランドチャンピオンは松原秀樹

1976年2月、作曲家・歌手の平尾昌晃によってスカウトされ、「平尾昌晃歌謡学院」(後の「平尾昌晃ミュージックスクール」)の大阪校のレッスンに通い始める。
アイドル雑誌『月刊明星』の1976年7月号に、大々的に掲載され、平尾昌晃を通じて、念願だったジャニーズ事務所も紹介してもらい入所。

1976年10月、中学2年で正式に上京。
当初は苗字の無い「麻世」という芸名で売り出されていたが、すぐに「川﨑麻世」に改められる。1977年7月1日にシングル『ラブ・ショック』でレコードデビュー。キャッチコピーは「ハートアタッカー」。
同年10月の「第10回 新宿音楽祭」にて銅賞を、同年11月の「第4回 ABC歌謡新人グランプリ」にてシルバー賞を、翌1978年5月の「第7回東京音楽祭国内大会」にて優秀新人賞を受賞した。

1977年4月、NHKの人気音楽番組だった『レッツゴーヤング』に「サンデーズ」のメンバーとして起用され、4年間在籍(1977年4月10日 – 1982年10月3日)。

1984年には劇団四季のミュージカル『CATS』への出演を果たす。(1984年6月5日 – 10月21日、全58回の出演、西新宿キャッツ・シアター。ラム・タム・タガー役)

後輩のたのきんトリオの登場以降、川﨑のアイドル歌手としての存在感は薄くなり、ミュージカルを学ぶために渡米。
1989年1月、来日中だったシカゴ出身のファッションモデルのカイヤと、六本木のディスコ「レキシントンクイーン」で知り合い、交際を開始。同年、カイヤの妊娠を機にジャニーズ事務所を退所し、夫婦で渡米。翌1990年に結婚。
その後、カイヤの旦那さんとしても活躍。(2020年2月3日、離婚訴訟で勝訴)




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