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ジャニーズ関連ファミリー・総称・俗称・構想ユニット

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ジャニーズ関連ファミリー・総称・俗称・構想ユニット

ジャニーズ事務所関連のタレントが属したファミリー、総称、俗称ユニット、構想ユニット。

ここで言うファミリーとは、特定のプロデューサーがテレビ、映画、舞台にて演出したタレントや、冠番組を持つ有名芸能人と共演機会の多いタレントらをそれぞれ一括りにまとめて、一族や一門といった意味合いで中心となるプロデューサーや芸能人の名前を配し、「○○ファミリー」「○○軍団」などと呼ばれる総称を指す。

名前の一部を繋げただけの俗称は、組み合わせがあり過ぎるため、特に多発し始めた2010年以降のものは適時除外。

    1. 二代目 御三家
    2. 橋田ファミリー
    3. ファイブ・リーブス
    4. 新御三家
    5. 9人ジュニア
    6. 新新御三家
    7. 1975年『月刊平凡』の幻グループ
    8. 蜷川にながわファミリー
    9. 金田一ファミリー
    10. エンゼルトリオ
    11. 欽ちゃんファミリー(旧名:欽ちゃん一座)
    12. 必殺ファミリー
    13. 金八ファミリー
    14. たのしいトリオ
    15. たのきんトリオ
    16. ロッカッキーズ
    17. 川崎チーム
    18. 1981年の幻デュオ
    19. スキッパーズ
    20. 仙八悪ガキ4人組 → 仙八トリオ
    21. 青空チーム
    22. 鈴木チーム
    23. 石川三兄弟
    24. 江端兄弟
    25. 乙女チーム
    26. 噂の打ち切りボーイ
    27. キャッツ
    28. 年ごろ三兄弟
    29. ヨンデーズ
    30. 少年隊ジュニア
    31. シゲダン
    32. トリプル正人
    33. 藤沢組
    34. アイワントリオ
    35. 少年御三家
    36. 平家蛍へいけぼたる
    37. つかファミリー
    38. アイ共Jr.あいきょうジュニア
    39. とんねるずファミリー
    40. ジャニーズ関西組、堂本ブラザーズ、W堂本、堂本コンビ
    41. ZIPANGジパング
    42. AAコンビエーエーコンビ
    43. いいともファミリー(タモリファミリー)
    44. ウンナンファミリー
    45. 剛健コンビ
    46. 元気Jr.
    47. ハラハラコンビ
    48. アダルトチーム / ヤングチーム
    49. Jr.Boyaジュニア・ボーヤ
    50. 大町コンビ
    51. ジミーズJr.
    52. 文具券
    53. FIVE
    54. DASHファミリー
    55. エックス
    56. Jr.BOYSジュニアボーイズ
    57. 松亀まつかめコンビ
    58. 上田組
    59. 地味FIVEじみファイブ
    60. 裸5はだかファイブ
    61. 嵐組
    62. 櫻葉さくらばコンビ
    63. マステゴ
    64. 志村ファミリー
    65. ジブリファミリー
    66. つとぷ
    67. 赤西軍団
    68. 矢口会
    69. パリピア
    70. 天野組
    71. ミマキックス
    72. イッテQファミリー
    73. コヤシゲ
    74. ゆうちゃんず
    75. ヒルナンデスファミリー
    76. ZIP!ファミリー
    77. しげしげコンビ
    78. B.H.V.
    79. シースリー
    80. 神7
    81. 松松コンビ
    82. 中国ジャニーズ
    83. なにきん
    84. 仁聖 ~JINSEI~
    85. STVKエスティーブイケー
    86. 副社長ズ
    87. NIKKニック / シン・スマップ
    88. めざましファミリー
    89. るたこじ
    90. Funky8ファンキーエイト
    91. 三文字カルテット
    92. 信号ブラザーズ
    93. ちび5
    94. ゆり組
    95. 岩本兄弟
    96. 令和イレブン
    97. 少年忍者」内俗称ユニット
    98. マッタン冷え性
    99. アレグラコンビ
    100. クリエCクリエシー
    101. MUKKKNムックン ほか
    102. KSケーエス
    103. 個性爆発アトミックボーイズ
    104. 三宅坂48みやけざかフォーティーエイト

二代目 御三家

初代ジャニーズのメンバーだった安達明が参加。但し当時の青春歌謡歌手に対して総称として呼ばれていただけであり、正式なユニットではない。また、そのメンバー構成には2つのパターンが存在した。

[メンバー]

  • パターンA – 安達明(日本コロムビア)、梶光夫(日本コロムビア)、久保浩(ビクター)
  • パターンB – 叶修二(日本グラモフォン〔ポリドール〕)、望月浩(東芝レコード)、川路英夫(ビクター)

橋田ファミリー

橋田壽賀子脚本のテレビドラマや舞台に関わった者や、橋田賞受賞者に対する総称。

[メンバー]

  • 森光子(TBS『時間ですよ』『女たちの忠臣蔵』)
  • あおい輝彦(TBS『さらば夏の日』『心』、日本テレビ『たんぽぽ』。退所後の参加)
  • おりも政夫(日本テレビ『たんぽぽ』主題歌、TBS『心』)
  • 田原俊彦(TBS『心』『おんなの家 その11』)
  • 井上純一(NHK大河ドラマ『おんな太閤記』)
  • 藤島ジュリー景子(日本テレビ『名犬ゴローの愛』)
  • 川﨑麻世(TBS『おんなの家 その13』舞台『初蕾』)
  • 中居正広(1996年「第4回 橋田賞」にて新人賞受賞)
  • 香取慎吾(2001年「第9回 橋田賞」にて新人賞受賞)
  • 草彅剛(2005年「第13回 橋田賞」にて橋田賞受賞)
  • 滝沢秀明(NHK大河『義経』主演を評価され、2006年「第14回 橋田賞」にて橋田賞受賞)
  • 二宮和也(2007年「第15回 橋田賞」にて橋田賞受賞)

他多数。

ファイブ・リーブス

1967年夏をもってフォーリーブスを脱退した永田栄二(後の永田英二)が芸能活動を再開する際に、フォーリーブスに再び戻って5人組になる可能性があるとして、雑誌『ティーンルック』(1968年7月30日号、主婦と生活社)にて報じられた新グループ構想。
結果的に永田はフォーリーブスには戻らず、1968年9月から「ハイ・ソサエティー」に加入。翌1969年8月10日にソロでレコードデビュー。

新御三家

メンバーは、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎。
あくまで総称として呼ばれていただけであり、正式なユニットではない。「BIG3」などと表現される場合もあった。
初期の1972年春の時点では、雑誌『月刊平凡』(1972年6月号)にて、「若さでジャンプ !! 16歳トリオ」として、郷、野口、伊丹幸雄の3名で取り上げられている。その一方で伊丹は、1972年5月の「第47回 日劇ウエスタン・カーニバル」で競演した西城秀樹、田頭信幸と共に「新人三羽烏」とも呼ばれていた。その後も、ごく短期間ではあるが、新御三家の3人と伊丹幸雄を合わせて「四天王」と呼んでいた時期もあった。
なお、郷、西城、野口の3名は同学年だが、郷は後に、長男が野口、次男が西城、末っ子が郷という立ち位置だったと述べている。

9人ジュニア

1973年5月5日に結成された「ジャニーズ・ジュニア(第1期生)」メンバーが続々と増えていく中、1974年春に、小坂まさる、板野俊雄(板野としお)、林正明(2016年死去)、畠山昌久(2003年死去)、山縣孝良、鈴木寛、柏木孝夫、近藤純市、吉田義久(吉田は1974年3月の一番最後の参加者)の9名に定着したため、ジャニーズ・ジュニアの第1期生はファンから「9人ジュニア」という俗称でも呼ばれた。
詳細は「ジャニーズ・ジュニア(第1期生)」参照。

新新御三家

豊川誕井上純一が参加。
雑誌『月刊明星』や『月刊平凡』にて、あくまで総称として呼ばれていただけであり、正式なユニットではない。
この「新新御三家」のメンバーの定義にはネット上で諸説有り、豊川、井上以外には、城みちる、あいざき進也、荒川務、山本明、草川祐馬、加納竜、白鳥哲、松田新太郎と、多数の人物が混在し、果てには「新新新御三家」なる定義まで持ち出されて語られているが、実際は以下の通り。

[メンバー推移]

  • 豊川誕、草川祐馬、白鳥哲 – 「ヤング・フレッシュ3」(『Jotomo』1975年7月号)

  • 豊川誕、草川祐馬、山本明 – 「新・ヤング3」

  • 草川祐馬、山本明、加納竜 – 「ヤングアイドル3」(『スターランド』1975年10月号)

  • 豊川誕、草川祐馬、山本明、加納竜 – 「ヤング4」、「ニューアイドル4」

  • 豊川誕、草川祐馬、加納竜、あいざき進也 – 「ビッグ4」

  • 豊川誕、草川祐馬、あいざき進也 – 「ヤングスター」

  • 井上純一、草川祐馬、あいざき進也 – 「ヤング・アイドル3」

1975年『月刊平凡』の幻グループ

1975年の春、『月刊平凡』(1975年7月号)にて、Jr.の新グループの結成が告知され、4名のJr.を紹介。更に新メンバーを足して7名くらいのグループにするということで、誌面にて一般からの新メンバーとグループ名を募った。同年6月中にオーディションを行い、同誌の9月号でお披露目される予定だったが、9月号では「応募者が多く審査が難航中」とだけ報告され、その後はもう当グループに関する続報も無く、うやむやとなってしまった。
なお、小野寺伸定は翌1976年6月1日にホリプロからバンド「ドルフィン」のギタリストとしてレコードデビュー。また、この『月刊平凡』での募集で合格したメンバーは「ジャニーズ・ジュニア 第4期生」と呼ばれ、その中から更に選ばれた3名によるバンドグループ「白虎隊」が翌1976年に登場した。

[結成予定メンバー]
佐藤広昭、小野寺伸定、近藤重成、中川昌哉、他3名ほど

蜷川にながわファミリー

演出家・蜷川幸雄の舞台や映画に出演し、蜷川本人からの演出指導を受けたことがある者の総称。

[メンバー]
あおい輝彦、木村拓哉、少年隊、赤坂晃、二宮和也、岡田准一、松本潤、東山紀之、森田剛、生田斗真、亀梨和也 他多数。

金田一ファミリー

横溝正史原作の「金田一耕助」シリーズ、および、天樹征丸・金成陽三郎原作の「金田一少年の事件簿」シリーズの映画やテレビドラマに出演したことがある者の総称。

金田一耕助シリーズ
あおい輝彦、北公次、江木俊夫、布川敏和、岡本健一、高橋和也、井上純一、稲垣吾郎、前田耕陽、山本智久、羽生田挙武、浜中文一、加藤シゲアキ、薮宏太、小瀧望
金田一少年の事件簿
(第1シリーズ)
放送日:1995年4月8日、7月15日~9月16日、12月30日。
七瀬美雪役:ともさかりえ、剣持警部役:古尾谷雅人。
堂本剛(主演・金田一一 役)、原知宏、佐野瑞樹 他
金田一少年の事件簿
(第2シリーズ)
放送日:1996年7月13日~9月21日、1997年4月12日。
七瀬美雪役:ともさかりえ、剣持警部役:古尾谷雅人。
堂本剛(主演・金田一一 役)、原知宏、佐野瑞樹 他
金田一少年の事件簿
(第3シリーズ)
放送日:2001年3月25日、7月14日~9月15日。
七瀬美雪役:鈴木杏、剣持警部役:内藤剛志。
松本潤(主演・金田一一 役)、長谷川純 他
金田一少年の事件簿
(第4シリーズ)
放送日:2005年9月24日の単発のみ。
七瀬美雪役:上野樹里、剣持警部役:加藤雅也。
亀梨和也(主演・金田一一 役)、田中聖、中丸雄
金田一少年の事件簿
(第5シリーズ)
放送日:2013年1月12日、2014年1月4日、7月19日~9月20日。
七瀬美雪役:川口春奈、剣持警部役:山口智充。
山田涼介(主演・金田一一 役)、有岡大貴
金田一少年の事件簿
(第6シリーズ)
放送日:2022年4月24日~。
七瀬美雪役:上白石萌歌、剣持警部役:沢村一樹。
道枝駿佑(主演・金田一一 役)、岩﨑大昇

エンゼルトリオ

1978年にテレビ朝日のバラエティ番組『出没 !! おもしろMAP』にて、元祖ムキムキマンが踊る曲『ムキムキマンのエンゼル体操』(歌:かたせ梨乃&カツヤクキン。森永チョコスナック「カリンチョ」のCMソング)のバックダンサーを務めていた3名に対する俗称。

[メンバー]
森谷あきら、松原秀樹、高木洋一

欽ちゃんファミリー(旧名:欽ちゃん一座)

欽ちゃんこと萩本欽一が育成、あるいは萩本のバラエティ番組や映画に参加したタレントなどに対する総称。通称:欽ファミ。初期の頃は『欽ちゃん一座』と呼ばれていた。
かつてジャニーズ事務所のタレントは、旧テレビ朝日社屋の離れにあった第1リハーサル室(通称:1リハ。たまに1Fの第2リハーサルも利用)をレッスン会場として長らく利用していたが、この2つをレッスンに使うようになったのも、ジャニー喜多川と萩本との縁が理由である。これらの場所は元々、萩本欽一のテレビ朝日の番組『欽ちゃんのどこまでやるの!』専用のリハーサル室として使用されていたが、ジャニーズ事務所が間借りする形で、利用させてもらうようになった。

[メンバー]

  • おりも政夫
    フジテレビ『欽ちゃんのドンとやってみよう!』気仙沼ちゃんとのお見合いコーナー(1977年~1978年頃)『新春オールスター 欽ドン!同窓会スペシャル 良い正月悪い正月普通の正月』(1994年1月4日)
  • 井上純一
    日本テレビ『欽ちゃんドラマ・OH!階段家族 !!』(1979年4月6日 – 9月21日)『欽ちゃん劇場・とり舵いっぱーい!』(1979年9月28日 – 1980年3月21日)、フジテレビ『欽ちゃんドラマII ~ もう一度ここで逢えたなら』(1990年8月12日)。(いずれもジャニーズ退所後の参加)
  • 宇治正高
    テレビ朝日『たみちゃん
  • 川﨑麻世
    テレビ朝日『欽ちゃんのどこまでやるの!?』
  • 乃生佳之
    TBS『欽ちゃんの週刊欽曜日』
  • 男闘呼組
    テレビ朝日『欽ちゃんのどこまでやるの!?』
  • シブがき隊
    フジテレビ『欽ドン!お友達テレビ』
  • おめで隊
    TBS『ドキド欽ちゃんスピリッツ』
  • 茶々隊 → CHA-CHA
    日本テレビ『欽きらリン530 !!』他多数
  • 草彅剛
    NHK-BSプレミアム『欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)』
  • 植草克秀
    日本テレビ『欽ちゃんの気楽にリン』
  • 大沢樹生
    映画『第2回 欽ちゃんのシネマジャック』(1994年9月23日公開)の「やさしい嵐」
  • 中居正広
    映画『第2回 欽ちゃんのシネマジャック』の「なんかヘン? Part2」
  • 香取慎吾
    フジテレビ『よ!大将みっけ』(1994年10月17日 – 1995年3月13日)、日本テレビ『欽ちゃん&香取慎吾の新!仮装大賞』シリーズ『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』、NHK-BSプレミアム『欽ちゃんのアドリブで笑(ショー)』、東京都のCM「いのちを守る STAY HOME週間 ~STAY HOME, SAVE LIVES~」にて萩本と共演。
  • 村上信五、生田斗真、増田貴久、藁谷亮太、高井宙也
    日本テレビ『笑いの巨人』の企画「萩本欽一 vs ジャニーズJr.」(2002年4月18日)

必殺ファミリー

テレビ朝日「必殺仕事人」シリーズのテレビドラマ、映画、舞台に出演したことがある者の総称。

[メンバー]

  • 江木俊夫
    必殺仕事人、新・必殺仕事人、必殺仕事人III
  • 内田喜郎
    必殺仕事人、新・必殺仕事人、必殺渡し人、必殺仕事人V・風雲竜虎編
  • 松岡加緒里(後の松岡かおり→おりも加緒里。おりも政夫の妻)
    新・必殺仕事人
  • ひかる一平
    必殺仕事人III、必殺仕事人IV、必殺仕事人V、必殺仕事人V・旋風編 他単発ドラマ、映画、舞台多数
  • 京本政樹
    必殺仕事人V、必殺仕事人V・激闘編、CRぱちんこ 必殺仕事人V(吹き替え) 他単発ドラマ、映画、舞台多数
  • 大沢樹生
    必殺まっしぐら!、必殺!5 黄金の血
  • 錦織一清
    新春仕事人スペシャル 必殺忠臣蔵
  • 三好圭一
    新春仕事人スペシャル 必殺忠臣蔵
  • 江端郁世
    必殺仕事人V・旋風編 第13話「主水、化粧をする」
  • あおい輝彦
    必殺剣劇人、必殺シリーズ放映十五周年記念興行 納涼必殺まつり(舞台)
  • 井上純一
    藤田まこと特別公演 必殺仕事人 ~ 主水、大奥に参上!(舞台)
  • 畠山久(畠山昌久)
    必殺仕事人・激突!第7話「江戸繁盛の裏の顔」
  • 高木延秀
    必殺 ~ 中村主水、大奥に参上!(舞台)
  • 田原俊彦
    必殺始末人、必殺始末人、必殺始末人II ~ 乱れ咲く女役者の夢芝居、必殺始末人III ~ 地獄に散った花びら二枚
  • 東山紀之
    必殺仕事人2007、必殺仕事人2009、必殺仕事人2010、必殺仕事人2012~2016、必殺仕事人
  • 松岡昌宏
    必殺仕事人2007、必殺仕事人2009、必殺仕事人2010、必殺仕事人2012~2016、必殺仕事人
  • 大倉忠義
    必殺仕事人2007、必殺仕事人2009
  • 田中聖
    必殺仕事人2009、必殺仕事人2010、必殺仕事人2012、必殺仕事人2013
  • 知念侑李
    必殺仕事人2014~2016、スペシャルドラマ 必殺仕事人

金八ファミリー

TBSのテレビドラマ『3年B組金八先生』シリーズに出演した者の総称。

1979年9月、『3年B組金八先生』の第1シリーズに出演する生徒役が全て決まっていたにもかかわらず、ジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川が、「見るだけでもいいから、とにかく一度うちの子たちにも会ってみて」とプロデューサーに頼み込み、8名のジャニーズJr.と、藤島ジュリー景子(現・ジャニーズ事務所二代目社長)を加えた計9名を連れてTBSテレビへ向かった。

当時のジャニーズ事務所は低迷していた時期であり、プロダクションとしての政治力はそれほど大きくなかったが、プロデューサーや脚本家の小山内美江子は9名を面接し、更に作文を書かせるという追加オーディションを行った結果、他の劇団のメンバーを落とし、田原俊彦近藤真彦野村義男、そしてジュリーの4名が見事に抜擢された。

但し、近藤と野村が当時は実際に中学3年生だったのに対し、田原だけは既に高校を卒業した18歳(放送中に誕生日を迎え19歳)だったため、近藤、野村らと学年を揃えるため、田原は4歳も若く詐称してオーディションに挑んでいる。オーディションに合格後、年齢詐称の件をスタッフに明かしたが、実際は4歳若く詐称していたにもかかわらず、スタッフには「3歳若くしていた」と説明し、その後も1歳だけ詐称し続けてドラマに出演した。この年齢詐称の件について田原は、後に歌番組の中で謝罪している。

年齢を偽らせてまで強引に面接させたジャニーの行為が無ければ、「たのきんトリオ」の誕生はもとより、その後の事務所の圧倒的な隆盛も無かったかもしれず、大きなターニングポイントとなる一幕であった。

以降、桜中学シリーズでは必ず「ジャニーズ枠」が設けられるようになった。

3年B組金八先生
(第1シリーズ)
1979年10月26日 – 1980年3月28日、主演:武田鉄矢。
田原俊彦、近藤真彦、野村義男、藤島ジュリー景子、曽我泰久、松原秀樹、細野謙治、椎野孝之
1年B組新八先生
1980年4月4日 – 9月26日、主演:岸田智史。
大本隆史、ジャパニーズ(後のジャPAニーズ)、小坂まさる
3年B組金八先生
(第2シリーズ)
1980年10月3日 – 1981年3月27日、主演:武田鉄矢。
ひかる一平、栗原茂、中村誠、岩井浩司、第13話「同窓会・贈る言葉」にゲスト出演(田原俊彦、近藤真彦、野村義男、藤島ジュリー景子)
2年B組仙八先生
1981年4月17日 – 1982年3月26日、主演:さとう宗幸。
薬丸裕英、本木雅弘、布川敏和、叶屋博基
3年B組貫八先生
1982年4月9日 – 1983年3月25日、主演:川谷拓三。
松原康行、阿部順一
東中学3年5組
1984年10月12日 – 12月21日、主演:南こうせつ。
守屋二郎、江端郁己、高橋一也、小田賢太郎
3年B組金八先生
(第3シリーズ)
1988年10月10日 – 1988年12月26日、主演:武田鉄矢。
森且行、長野博。(中居正広、木村拓哉はオーディション落選)
3年B組金八先生
(第4シリーズ)
1995年10月12日 – 1996年3月28日、主演:武田鉄矢。
古屋暢一、榎本雄太、坂口剛、秋山純、近藤真彦(第11話「十五歳の母と父 2」にゲスト出演)
3年B組金八先生
(第5シリーズ)
1999年10月14日 – 2000年3月30日、主演:武田鉄矢。
風間俊介、亀梨和也、森雄介、(二宮和也、中丸雄一はオーディション落選)
3年B組金八先生
(第6シリーズ)
2001年10月11日 – 2002年3月28日、主演:武田鉄矢。
加藤成亮(後の加藤シゲアキ)、増田貴久、東新良和
3年B組金八先生
(第7シリーズ)
2004年10月15日 – 2005年3月25日、主演:武田鉄矢。
八乙女光、薮宏太、鮎川太陽
3年B組金八先生
(第8シリーズ)
2007年10月11日 – 2008年3月20日、主演:武田鉄矢。
亀井拓、真田佑馬、植草裕太(植草克秀の長男)、カミュー・ケイド、布川隼汰(所属はジャニーズではないが、布川敏和の長男)

たのしいトリオ

たのきんトリオ」の前身に当たる構想ユニット。「たのきん」という珍妙なネーミングが生まれたのは、先にこの「たのしい」の構想があったからだとされている。(出典:『二丁目のジャニーズ 最終戦争篇』原吾一 著、1996年7月、鹿砦社刊)

[メンバー]

たのきんトリオ

田原俊彦近藤真彦野村義男の3名に対する総称。正式なユニットではない。
詳細はたのきんトリオを参照。

ロッカッキーズ

1980年10月から放映開始された、ハウス食品「ロッカッキー」の第2弾バージョンCMで、近藤真彦のバックで踊っていた4名のジャニーズJr.に対し、一部のファンが呼んでいた俗称。
翌年の第3弾バージョンCM「チーズ味新発売篇」では、「ジャニーズ少年隊」の4名がバックを担当した。

[第1期メンバー(1980年10月~)]
薬丸裕英、東山紀之、松原康行、浜中隆
[第2期メンバー(1981年)]
ジャニーズ少年隊(錦織一清、植草克秀、東山紀之、松原康行)

川崎チーム

1981年当時に、神奈川県川崎市から通っていた3名のジャニーズJr.に対して事務所内で呼ばれていた俗称。

[メンバー]
東山紀之、布川敏和、池田孝裕

1981年の幻デュオ

1981年にデュオとしてレコードデビューする計画があったが中止となり、2人はバラエティ番組『ヨッちゃん・ぼんちのアイドル大集合 !!』(1981年4月8日 – 9月23日、日本テレビ)でレギュラー共演するだけに留まった。2人は別々にレコードデビューした。

[結成予定メンバー]
野村義男ひかる一平

スキッパーズ

1981年春に、小西六写真工業「サクラカラー カラーフィルム」(マンガスキッパー篇)のCMで、田原俊彦のバックで踊っていた6名のジャニーズJr.に対し、一部のファンが呼んでいた俗称。

[メンバー]
植草克秀、松原康行、東山紀之、鈴木則行、浜中隆、他1名

仙八悪ガキ4人組 → 仙八トリオ

テレビドラマ『2年B組仙八先生』(1981年4月17日 – 1982年3月26日、TBS)の出演者の内、ジャニーズ事務所のタレントに対し、1981年春から夏にかけてアイドル雑誌などで使用されていた俗称。後にシブがき隊となるグループ。

[メンバー]
薬丸裕英、本木雅弘、布川敏和
[脱退メンバー]
叶屋博基(4人時代のみの参加)

青空チーム

別名:一平チーム。1981年の春に、ひかる一平のデビューシングル『青空オンリー・ユー』(1981年5月21日発売)のバックで踊っていたジャニーズJr.に対し、一部のファンが呼んでいた俗称。
当時のジャニーズJr.は「ジャニーズ少年隊」という別称で呼ばれており、全体で30名ほどしか居なかったため、実に半数近いメンバーがこの選抜チームに参加していた。
日本テレビ『ヨッちゃん・ぼんちのアイドル大集合 ! !』にレギュラー出演。

[メンバー]

  • 『ヤンヤン歌うスタジオ』時
    植草克秀、東山紀之、鈴木則行、木暮毅、田中寛規を含む全10名。
  • 『たのきん全力投球!』時
    錦織一清、植草克秀、東山紀之、松原康行、木暮毅、田中寛規を含む全15名。
  • 『夜のヒットスタジオ』時
    錦織一清、植草克秀、鈴木則行を含む全10名。

鈴木チーム

1982年に鈴木則行をリーダーとして結成された、田原俊彦のバックダンスグループ「ジャPAニーズ・ジュニア」の、初期の事務所内での俗称。鈴木よりも年下の後輩たちからは「鈴木君チーム」と呼ばれていた。

石川三兄弟

イーグルス」としてレコードデビューした石川博文とジャニーズJr.だった2人の弟に対して呼ばれていた俗称。

[メンバー]
石川博文(長男)、石川光輝(次男)、石川??(三男)

江端兄弟

1980年代にジャニーズ事務所に在籍し、テレビドラマなどで活躍していた双子のジャニーズJr.に対する“俗称”であり、正式なグループ名ではない。(但し雑誌『マイアイドル』1985年12月号でのみ「江端兄弟」名義で掲載されている)
共に、1967年12月12日生まれ、北海道札幌市出身、東京都国分寺市育ち、血液型:O型。兄弟は妹が2人。
三多摩新鮮組、少年隊ジュニア、少年忍者(サポートメンバー)、Mr.ミュージック、ジャニーズ・シニアに参加。

[メンバー]
江端郁己(えばたいくみ、双子の兄)、江端郁世(えばたいくよ、双子の弟)

乙女チーム

イーグルスが主演したテレビドラマシリーズ(フジテレビ『月曜ドラマランド』の「どっきり双子先生 乙女学園男子部」、「乙女学園すみれ寮」)にレギュラー出演していた4名のジャニーズJr.に対し、一部のファンが呼んでいた俗称。

[メンバー]
江端郁己、江端郁世、阿部順一、小沢通可

噂の打ち切りボーイ

別名:番組打ち切り隊。シブがき隊主演のテレビドラマ『噂のポテトボーイ』(1983年10月13日 – 1984年3月29日、TBS)に、3人組の不良役で出演していたジャニーズJr.に対する、Jr.メンバー内での俗称。
当時人気絶頂期のシブがき隊が主演だったにもかかわらず、視聴率低迷にあえぎ、番組が途中で打ち切りになってしまったことからこう呼ばれるようになった。
打ち切りボーイのメンバーは、当ドラマの第1~5、8、11、13話のみの出演。第1話でシブがき隊が校庭で乱闘するシーンでは、乱闘相手の生徒役として、他にもジャニーズJr.が数名出演している。
当ドラマだけでなく、武口のドラマデビュー作『オサラバ坂に陽が昇る』も、当初は全24話だった予定が、13話で打ち切りとなっている。

[メンバー]

  • 武口明(不良3人組のリーダー)
  • 守屋二郎
  • 柳沢超(途中で降板)
  • 鈴木則行(柳沢超と交替で出演)

キャッツ

1983年12月24日公開の映画『あいつとララバイ』にて、暴走族「横浜キャッツ」のメンバーを演じていた4名のジャニーズJr.に対し、一部のファンが呼んでいた俗称。

[メンバー]
牧村稔(バーボン役)、河村直人(スコッチ役)、平本淳也(スネーク役)、加藤武史(ハイエナ役)

年ごろ三兄弟

別名:年ごろブラザーズ。テレビドラマ『年ごろ家族』(1984年1月10日 – 3月27日、TBS)にレギュラー出演していた兄弟役の3名に対し、一部のファンが呼んでいた俗称。
当ドラマには、乃生佳之(レギュラー)、正木慎也(第1話エキストラ)、鹿内和博(第1話エキストラ)の3名もジャニーズ事務所から出演していた。
ドラマの中での実際の設定は四姉弟で、一番年上にあたる長女・榎幸子役を手塚理美が務めていた。当初は全13話の予定だったが、12話で打ち切りとなった。

[メンバー]
三好圭一(長男)、石丸志門(次男)、新井紀一(三男)

ヨンデーズ

ロック・ミュージカル『時代はサーカスの象にのって ’84』(1984年5月26日 – 6月3日、PARCO劇場・PART3)に出演していた4名のジャニーズJr.に対し、ジャニー喜多川がNHKの「サンデーズ」に対抗させて冗談半分で命名。実際のグループ化には至らなかった。

[メンバー]
武口明、鈴木則行、柳沢超、木暮毅

少年隊ジュニア

1985年当時、少年隊のバックを務めるジャニーズJr.に対する総称として使用されていた。
ジャニーズ幼年隊 → ジャニーズ少年隊ジュニア → 少年隊ジュニア → イーグルスに改名。
「ジャニーズ少年隊」の弟分グループとして、1982年夏に中村、宇治、内海、大沢、五十嵐の5名で結成。(五十嵐はすぐに脱退)

当初のグループ名は「ジャニーズ幼年隊」。その後「ジャニーズ少年隊ジュニア」を経て、同年10月までに「少年隊ジュニア」に改名。
テレビ東京の『ザ・ヤングベストテン』と『レッツGOアイドル』に出演。続いて、石川博文を加えた5人で『月刊平凡』(1983年3月号)に「少年隊ジュニア」名義で登場後、グループ名を「イーグルス」に改名して、1983年3月25日に『走れ!ゴーインBOY』にてレコードデビューを果たした。

この「少年隊ジュニア」という名称はその後、少年隊のバックを務めるJr.全体に対して用いられていた時期があり、1985年にフジテレビの火曜ワイドスペシャルで放送された水泳大会番組でも2度に渡って使用されている。

[初代メンバー(後のイーグルス)]
中村成幸(後の中村繁之)、宇治正高、内海光司、大沢樹生、石川博文(石川のみ遅れて参加)
[脱退メンバー]
五十嵐??(結成初期に短期間だけ参加)
[サポートメンバー]
鈴木則行(『レッツGOアイドル』で中村成幸が高校受験のために数週間欠席した際に代役として参加)

シゲダン

1985年7月に中村繁之のバックダンスグループとして結成された「少年忍者」の、最初期の事務所内での俗称。 この呼び方については、忍者のメンバーがラジオ番組『忍者、ナン者、モン者 !!』(ABCラジオ)にて言及。

トリプル正人

同時期(1986年後半~1987年前半)にダンスレッスンに通っていた3名のジャニーズJr.に対し、一部のファンが呼んでいた俗称。

[メンバー]
山崎正人、佐藤正人、木野正人

藤沢組

1980年代に、神奈川県藤沢市方面のジャニーズJr.の数が増えたことにより、ジャニー喜多川が呼んでいた俗称。

[メンバー(生年順)]
正木慎也、谷川寛人、川部智文、佐藤正人、安田哲、中居正広(中居は先にJr.入りしていた同級生の安田の影響でジャニーズに応募)、長野博、佐藤敦啓

アイワントリオ

原宿の「アイドルワンダーランド」(通称:アイワン)でスタッフとして働いていたジャニーズJr.に対して名付けられた俗称。

[初代メンバー(1987年)]
木暮毅、田代秀高、木野正人
[二代目メンバー(1988年)]
佐々木秀和(後のホストで源氏名・明星光時)、前島龍太郎(後の藤丸神太、龍太郎)、福永吉洋

少年御三家

ジャニーズ事務所の3グループに対する総称。詳細は少年御三家を参照。

平家蛍へいけぼたる

ジャニー喜多川は、光GENJIを作ると同時に、「光GENJI(源氏)に対抗させた平家版のグループも作る」という構想を練っており、ダンスの上手い精鋭たちを集め、暴走族や不良のイメージを持ったグループを作ってレコードデビューさせる予定だったが、メンバー候補の木野正人が「CHA-CHA」に加わり、橋本が退所したことで企画倒れとなり、幻に終わってしまった。

しかし、どうしても平家の名前を使って、「源氏 vs 平家」の構図を実現させたかったジャニーは、既存グループだった「少年忍者」を「平家蛍」に改名してレコードデビューさせようとも考えたが、それも実現はせず、最終的に光GENJIのバックダンサーという形で、ジャニーズJr.による大人数のグループを、平家蛍ではなく「平家派」の名前で結成させるに落ち着いた。

消えてしまった「蛍」の部分については、「ホタル」というガールズグループを新たに作ることで、光GENJI・平家派・ホタルの3グループ合同で何かをやろうという企画・構想をジャニーがまた発案。
そして他の芸能事務所に所属する女性タレントの卵たちを集めて実際にオーディションも行ったが、結局「ホタル」も実現には至らなかった。(なお、この男女合同構想は2014年に「Sexy Family」という形で具現化)

[結成予定メンバー]
桑名兼司、松元治郎、木野正人、橋本久良生

つかファミリー

劇作家・演出家のつかこうへいの舞台に出演し、つか本人からの演出指導を受けたことがある者の総称。
つかこうへいはテレビ朝日の第1リハーサル室(通称:1リハ。たまに1Fの第2リハーサル室も利用)で毎週日曜日に行われていたジャニーズ事務所のダンスレッスンに、1990年頃に特別講師として招かれ、SMAPとジャニーズJr.たちを相手に、『蒲田行進曲』の階段落ちのシーンを用いて“口立て”の演技指導を行ったこともあった。

[メンバー]
高木延秀、武口明、錦織一清、草彅剛、井ノ原快彦、佐藤アツヒロ、風間俊介
[事務所部外者メンバー]
伏石泰宏

アイ共Jr.あいきょうジュニア

テレビ朝日のティーンズバラエティ番組『アイドル共和国』(1989年3月25日 – 1991年3月30日)に出演していたジャニーズJr.に対し、ファンが呼んでいた俗称。平家派TOKIO BANDSMAP学園もこれに含まれる。

とんねるずファミリー

とんねるずのテレビ番組にレギュラー出演、もしくは複数回出演したことがある者の総称。

[メンバー]

  • 柳沢超(忍者リーダー)
    日本テレビ『とんねるずの生でダラダラいかせて !!』、フジテレビ『ねるとん紅鯨団』、ニッポン放送『とんねるずのオールナイトニッポン』
  • 諸星和己(光GENJI)
    『とんねるずの生でダラダラいかせて !!』のエアロビクスダンスチーム「エアロ奈美恵」→「ニュー・エアロ奈美恵」のメンバーとして参加

ジャニーズ関西組、堂本ブラザーズ、W堂本、堂本コンビ

いずれの呼び名も、東京でのダンスレッスンに関西から毎週通って来ていた2名のジャニーズJr.に対する俗称として、1992年~1993年にアイドル雑誌やファンの間で使用されていた。そのため、扱いは関西Jr.ではなく、関東Jr.だった。

[メンバー]
堂本光一、堂本剛、神原和夫(雑誌『Myojo』1993年1月号で「ジャニーズ関西組」と表記された時のみ参加)

ZIPANGジパング

雑誌『Myojo』(1992年11月号、集英社)にて、関西出身の2名のジャニーズJr.に、更に2名を加えて新グループが作られる予定だと発表される(取材日は同年8月23日)。これをきっかけにファンの間で持ち上がったグループ構想。東西のJr.が合わさって「ZIPANG」のグループ名になると噂されたが、実現はしなかった。
一方、ジャニー喜多川の中では、当初は1992年11月14日公開の映画『200X年 翔』の撮影中に、同映画に出演していた3名のJr.(堂本光一、堂本剛、星英徳)でグループを組ませようとしたが、やがて関西出身のJr.だけで4人組のグループを作る案に変更(名前は「ZIPANG」ではない)。

しかしこちらも実現はせず、同年12月に堂本コンビの2人だけで「KANZAI BOYAカンサイボーヤ」が結成され、同月31日放送の『第43回 NHK紅白歌合戦』にてSMAPの『雪が降ってきた』のバックに出演した際に、初めてユニット名が公表された。
翌1993年1月1日より、SMAPのコンサートツアー「NEW YEAR CONCERT 1993」に出演。東山紀之の曲である『Before Fight』を2人でカバーし、初めて人前で歌を披露する。アイドル雑誌『Wink up』(1993年3月号)でも「KANZAI BOYA」の表記が使われた。

同年3月、ユニット名を「KINKI KIDS」に改名し、SMAPとSAY・Sの両方のコンサートツアーに帯同。3月29日放送の『愛ラブSMAP!電撃キッズ隊』(テレビ東京)に出演し、初めてテレビ番組でも新ユニット名が公表され、『Before Fight』もテレビ披露した。(Wikipediaなどによって、初めて「KINKI KIDS」のグループ名が世に発表されたのはABCテレビ『キスした?SMAP』の初回放送(同年4月4日)だという説が浸透してしまっているが、それは誤り)
間もなくして表記が「KINKI KIDS」を経て「KinKi Kids」に改められたが、1996年までは雑誌やテレビなどで「Kinki Kids」や「KinKiKids」と誤表記されてしまうことがよくあった。

[ファンの噂による構想グループ「ZIPANG」]
井ノ原快彦、長瀬智也、堂本光一、堂本剛
[ジャニー喜多川が考えていた実際の候補メンバー]
堂本光一、堂本剛、星英徳、神原和夫、ほか1名

AAコンビエーエーコンビ

略称:AA。別名:A2コンビエーツーコンビ、A2、運命共同体、アツアキ、アキアツ。
光GENJIの最年少メンバー2名に対して使われたファンからの俗称。由来は、2人の名前の頭文字が「A」のため。
別名「運命共同体」の由来は、写真集『7×7』での赤坂晃の発言「俺は敦啓のこと運命共同体だと思ってるしね」による。

[メンバー]
赤坂晃、佐藤敦啓

いいともファミリー(タモリファミリー)

フジテレビ『森田一義アワー 笑っていいとも!』にレギュラー出演したことがある者の総称。

[メンバー]

  • 中居正広(1994年4月6日 – 2014年3月31日)
  • 香取慎吾(1994年4月6日 – 2014年3月31日)
  • 草彅剛(1995年10月3日 – 2014年3月31日)
  • 田原俊彦(1995年10月 – 1996年9月。ジャニーズ事務所退所後の参加)
  • noon boyz(真田佑馬、野澤祐樹。2011年10月3日 – 2014年3月31日)

ウンナンファミリー

ウッチャンナンチャンのテレビ番組にレギュラー出演、もしくは複数回出演したことがある者の総称。
ウンナンファミリーの一部でもある「イッテQファミリー」と「ヒルナンデスファミリー」に関しては、それぞれの項目を参照。

[メンバー]
S・O・S (佐野瑞樹、国分博、星英徳。1994年に日本テレビ『ウンナン世界征服宣言』にて参加)

剛健コンビ

1995年より、最も人気のあった2名のジャニーズJr.に対して使われた俗称。略称:ゴーケン。
呼ばれ始めたきっかけは、雑誌『Myojo』(1995年3月号、集英社)の「Jr.BOX」のコーナーにて、大きく「剛健コンビ」と書かれて掲載されたことだった。

[メンバー]
森田剛、三宅健

元気Jr.

1995年にバラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ !!』(日本テレビ)内の公開オーディションコーナー「元気ジャニーズ予備校」で選ばれたジャニーズJr.に対し、ファンたちが呼んでいた俗称。略称:げんジュニ。
このコーナーは1995年2月26日のオンエア分よりスタート。第1期と第2期が存在する。
審査員は雑誌『Myojo』の編集長・各務勝、雑誌『Wink up』の編集長・東原弘志、女流写真家・安珠、振り付け師・南流石、そしてKinKi Kidsが務めた。
第1期オーディションは単発テレビドラマ『金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件』(1995年4月8日放送)への出演も同時に審査された他、後に「V6」のメンバーとして活躍する岡田准一を輩出した。

[第1期生]
オンエア日:1995年2月26日、3月12日、3月19日。
応募総数:約1,000通。オーディション参加者:約100名。
最終候補者:11名。オンエア上での最終合格者:3名。
合格者:岡田准一、平俊之、渡辺瑠威

[第2期生]
オンエア日:1995年5月28日、7月2日、9月24日。
最終候補者:5名。オンエア上での最終合格者:1名。
合格者:市村俊英

ハラハラコンビ

1995年から2名のジャニーズJr.に対して使われた俗称。呼ばれ始めたきっかけは、雑誌『Myojo』(1995年8月号、集英社)の「Jr.BOX」のコーナーにて、「ハラハラコンビ」と書かれて掲載されたことだった。別名:ハラハラブラザーズ。

[メンバー]
原知宏、小原裕貴

アダルトチーム / ヤングチーム

V6の内部ユニットとして、まだ「20th Century」と「Coming Century」のユニット名が付く前の段階の事務所内での俗称。

[メンバー]
アダルトチーム(坂本昌行、長野博、井ノ原快彦)
ヤングチーム(森田剛、三宅健、岡田准一)

Jr.Boyaジュニア・ボーヤ

1997年初頭に、ジャニーズJr.内ユニットとして結成を予定していると雑誌で告知された構想グループだったが、実現には至らなかった。

大町コンビ

非常に仲が良く、シンメ(左右対称の位置または振り付けで踊るコンビ)で踊ることも多かった2名のジャニーズJr.に対し、1990年代後半から使われた俗称。別名:智町(サトマチ)。

ジミーズJr.

非常に仲が良く、シンメで踊ることも多かった2名のジャニーズJr.に対し、1990年代後半から使われた俗称。由来は、2人とも印象が非常に地味だったから。別名:にのあい、総武線コンビ、ピノコンビ、ブギダン。

[メンバー]
相葉雅紀、二宮和也

文具券

1998年に、日本文具振興「文具券」のCMに出演していた3人組に対する、ファンからの俗称。

[メンバー]
生田斗真、山下智久、風間俊介

FIVE

1999年1月当時、ジャニーズJr.から5人組の新グループ「FIVE」が結成されるという話が持ち上がっていた。しかし、同月に大坂がスキャンダル(未成年での喫煙・飲酒・乱交パーティーを『FRIDAY』に掲載)を起こして解雇されたことにより、グループ結成は実現しないままに終わった。
その後、「FIVE」という名前のグループは別に新たに誕生した。

[結成予定メンバー]
小原裕貴、滝沢秀明、今井翼、川野直輝、大坂俊介

DASHファミリー

TOKIOのレギュラーバラエティ番組『ザ!鉄腕!DASH !!(旧タイトル:鉄腕!DASH !!)』(日本テレビ)に、助っ人や対戦相手などでゲスト出演したことがある者の総称。

[複数回出演したメンバー]
坂本昌行、井ノ原快彦、横山裕、村上信五、丸山隆平、二宮和也、中丸雄一、伊野尾慧、岸優太、森本慎太郎、草間リチャード敬太 他

エックス

」の次にデビューするユニットとして、1999年後半にファンの間で囁かれていた代表的なグループ構想。この他にも当時は様々なグループ構想が存在した。

[構想メンバー]
小原裕貴、滝沢秀明、今井翼、渋谷すばる

Jr.BOYSジュニアボーイズ

別表記:「Jr.Boys」。略称:ジュニボ。
ユニットに所属していないジャニーズJr.に対し、ジャニー喜多川が2000年から公式に用いていた別称、総称。
一方、ファンによる非公式な俗称としては、「無所属Jr.(通称:無所、ムショ)」がある。

なお、1997年に「Jr.Boys」の名前で結成される予定だった「ジャニーズJr.Boys → Jr.BOYS → MAIN」や、2016年初頭に結成された「ジュニア Boys」とは無関係。また、よく似た名前のグループに「J-Boys」もある。

2002年末以降は、選抜メンバーが少数で「Jr.BOYS」を名乗って活動するようにもなったが、扱いはあくまでも「無所属Jr.」。活動内容はNHK-BS2『ザ少年倶楽部』やコンサートでのバックダンサー。
2003年春~夏のメンバーがK.K.Kityのバックでローラースケートを着用する際は、事務所内で「ローラー隊」の別称でも呼ばれていた。

2006年夏からの6名のメンバーは、ファンから「チーム真夜中」の俗称でも呼ばれていた。由来は、2006年8月15日~25日に、ホテル・グランパシフィック・メリディアン「パレロワイヤル」で行われたジャニーズJr.の舞台『ジャニーズJr.の大冒険!』にて、薮宏太のソロ曲『真夜中のAnswer』のバックダンサーに付いたことから。
更に6人のメンバー全員が当時中学2年生であることが分かると、ファンたちは「チーム中2」、「中2組」、「中2ズ」とも呼ぶようになり、メンバーが中学3年に進級した2007年4月以降は、6人に対して「チーム中3」、「中3組」、「中3ズ」とも呼ぶようになった。

「Jr.BOYS」という名称は、関東のジャニーズJr.だけでなく、関西Jr.でも使用されていたため、関東Jr.版と関西Jr.版のJr.BOYSが存在した。

松亀まつかめコンビ

2000年当時に勢いのあった2名のジャニーズJr.に対する俗称。

[メンバー]
松崎祐介、亀梨和也

上田組

2001年当時の、上田竜也を中心としたJr.内の仲良し5人組に対する俗称。

[メンバー]
上田竜也、中丸雄一、東新良和、松崎祐介、岡田政治

地味FIVEじみファイブ

2001年~2002年当時、バンド「FIVE」のサポートメンバーを務めていた4名のジャニーズJr.に対し、ファンの間で呼ばれていた俗称。

[メンバー]
淀川由浩(ドラム、タンバリン)、髙橋龍(ギター)、高橋宏宜(ギター)、丸山誠(ギター)

裸5はだかファイブ

2001年~2002年当時、テレビ朝日系の深夜番組『裸の少年』のメインメンバーを務めていた5名のジャニーズJr.に対し、ファンの間で呼ばれていた俗称。更に番組を仕切っていたリーダー格の風間には、「座長」という俗称も付けられていた。
当時のテレビ朝日『ミュージックステーション』や、NHK『ザ少年倶楽部』でジャニーズJr.が歌を披露する際も、やはりこの5名がメインとなることがあった。

[メンバー]
風間俊介(座長)、長谷川純、ジミーMackey、赤西仁、田口淳之介

嵐組

」のコンサートでバックダンサーを務めるジャニーズJr.の総称として、2002年から2006年まで使われていた。嵐組のメンバーはツアーごとに入れ替えられた。
基本的にメンバーは他のグループに所属した状態であったため、当時の各所属グループの状況も併せて記す。

2003年8月~9月
  • ジャニーズJr.
    増田貴久、淀川由浩
  • Jr.BOYS
    北山宏光、藤ヶ谷太輔、川村陵、加藤幸宏、丸野優
  • 田組
    宮田俊哉、江田剛、池田優、吉田雄基
2003年12月 ~
2004年1月
  • ジャニーズJr.
    藁谷亮太、高橋宏宜
  • Kis-My-Ft.
    藤ヶ谷太輔、北山宏光
  • FiVe
    石垣大祐
  • Question?
    淀川由浩、藤家和依、米村大滋郎、野田優也
  • Jr.BOYS
    川村陵、加藤幸宏、丸野優
  • F.M.Tokyo
    福田悠太、松崎祐介、辰巳雄大、越岡裕貴
  • 田組
    宮田俊哉、江田剛、池田優、吉田雄基
2004年7月~8月
  • ジャニーズJr.
    藁谷亮太、赤間直哉、有賀達也
  • FiVe
    上里亮太、牧野紘二、中江川力也、石垣大祐
  • F.M.Tokyo
    福田悠太、松崎祐介、辰巳雄大、越岡裕貴
  • 田んぼ組
    宮田俊哉、江田剛、池田優、吉田雄基

櫻葉さくらばコンビ

の2名のメンバーに対するファンからの俗称。

[メンバー]
櫻井翔、相葉雅紀

マステゴ

2003年のジャニーズJr.時代からコンビで歌う機会もあったNEWSの2名に対するファンからの俗称。2006年11月15日に「テゴマス」の名称で正式にメジャーデビュー。

[メンバー]
増田貴久、手越祐也

志村ファミリー

志村けんのテレビ番組にレギュラー出演した者、および舞台作品に出演した者の総称。

[メンバー]

  • 川﨑麻世
    志村の番組や舞台に出演していた訳ではないが、一時期プライベートで非常に仲が良かった
  • 相葉雅紀
    2004年4月15日~2020年9月26日に日本テレビ『天才!志村どうぶつ園』に出演
  • 伊野尾慧
    2015年12月11日より日本テレビ『天才!志村どうぶつ園』に不定期出演

ジブリファミリー

スタジオジブリのアニメ作品に声優出演した者のうち、ジャニーズ事務所のタレントを記す。

[メンバー]

  • 木村拓哉 – 『ハウルの動く城』(2004年11月20日公開)
  • 岡田准一 – 『ゲド戦記』(2006年7月29日公開)、『コクリコ坂から』(2011年7月16日公開)
  • 風間俊介 – 『コクリコ坂から』(2011年7月16日公開)

つとぷ

SMAPのメンバーの内、年齢的にも人気的にもツートップである2名に対するファンからの俗称。

[メンバー]
中居正広、木村拓哉

赤西軍団

KAT-TUNの赤西仁率いる夜遊びプライベート集団に対し、2005年から呼ばれ出した俗称。「軍団赤西」とも呼ばれる。
軍団メンバーは、六本木や麻布十番の他、西麻布のクラブ「alifeエーライフ」や、2010年11月24日深夜に発生した市川海老蔵の殴打事件で有名となった、芸能人の溜まり場ビル「バルビゾン27」(通称:ロメオビル。港区西麻布2-25-23)の6Fの指紋認証の会員制ダーツバー「FIORETTOフィオレット」、同ビル11Fの一見さんお断りの会員制カラオケバー「マーキス」にも頻繁に出入りしていた。

なお、「FIORETTO」の店長・雄介は、新宿伊勢丹のHELMESで2年間勤務していた人物。元ジャニーズ研修生の福田侑一郎と高校時代(私立明星高校)からの友人であり、佐々木希の元彼でもある。最上階(14階)のイタリアンカフェ「Romeo. Viewロメオビュー」の店長・石山も、やはり福田侑一郎の高校の同級生である。

[メンバー]
赤西仁、山下智久、錦戸亮、草野博紀、田中聖、大倉忠義

矢口会

2006年から元「モーニング娘。」の矢口真里を中心に構成された遊び人グループに対する俗称。
「芸能人でもゆっくり飲めるような店を作りたい。若い仲間が気安く集まって飲める店を作りたい」と思っていた矢口に対し、魚谷輝明ら仲間数人が出資協力して、カラオケ、ダーツ、VIPルームまで兼ね備えた「loungebar ppongi(ポンギ)」を、2006年12月1日に港区六本木4-12-2 ファルコンビル2Fにオープン。しかし、知人たちに“友達価格”で飲み放題にするなどの大盤振る舞いをしている内に経営に行き詰まり、2008年5月末で閉店した。

来客した人物の中には、大沢樹生、佐藤アツヒロ、武田真治、武蔵、庄司智春、山本梓、秋山莉奈、浦和レッズのメンバー(堀孝史、相馬崇人、鈴木啓太、マルシオ・リシャルデス)、広告代理店&出版事業の「株式会社 サンワード・コミュニケーションズ」の社長・川島顕などもいた。

[メンバー]
魚谷輝明(「loungebar ppongi」のオーナー)、福田侑一郎(「loungebar ppongi」の共同店長)、原裕太、菊岡正展、後藤大祐、粟島瑞丸、榎本雄太、田中純弥、村上信五、牧山雄亮(友井雄亮)、呉村哲弘

パリピア

SMAPのメンバーの内、3名に対する俗称。由来は、2006年7月26日発売のSMAPのアルバム『Pop Up! SMAP』で、3人が歌っている楽曲のタイトル「paripia!」から。稲垣は他の2人から「パリピアリーダー」とも呼ばれていた。 この3名には「つよしんごろう」という俗称もある。

[メンバー]
稲垣吾郎(リーダー)、草彅剛、香取慎吾

天野組

2006年から2007年にかけて、コンサートなどで編成を組むことが多かった3名の関西ジャニーズJr.に対して呼ばれていた俗称。

[メンバー]
天野賢、清水飛鳥、中嶋悠耶

ミマキックス

2006年から2007年にかけて、コンサートなどで編成を組むことが多かった6名の関西ジャニーズJr.に対して呼ばれていた俗称。

[メンバー]
三牧颯、小松拓巳、餅田貴大、森和樹、杉村公実、山下風雅

イッテQファミリー

日本テレビのバラエティ番組・紀行番組『謎とき冒険バラエティー 世界の果てまでイッテQ!』に出演する者の総称。

[メンバー]
手越祐也(2007年2月4日から2020年5月24日まで出演)

コヤシゲ

NEWSの内包ユニット「テゴマス」(手越祐也、増田貴久の2名。CDデビュー前の俗称:マステゴ)に対抗し、2007年に誕生した俗称ユニット。

[メンバー]
小山慶一郎、加藤成亮(後の加藤シゲアキ)

ゆうちゃんず

「M.A.D.」の中の4人に対してファンが呼んでいた俗称。2011年3月に「4U.フォーユー」というグループ名を公式に与えられる。
同年4月1日、「ふぉーゆー」の表記に変更。しかし、同4月~5月に出演した舞台『滝沢歌舞伎 2011』のパンフレットは既に制作済みだったため、「4U.」名義で掲載された。
2013年2月4日、表記を更に「ふぉ~ゆ~」に変更。
なお、2014年10月からは企画ユニット「4WAT(ふぉわっと)」としても活動。

[メンバー]
越岡裕貴、松崎祐介、福田悠太、辰巳雄大

ヒルナンデスファミリー

日本テレビのバラエティ番組『ヒルナンデス!』にレギュラー出演する者の総称。

[メンバー]

  • 横山裕(2011年3月28日)木曜レギュラー
  • 村上信五(2011年3月28日 – 2016年3月31日)木曜レギュラー
  • 八乙女光(2014年4月1日)火曜レギュラー
  • 有岡大貴(2014年4月1日)火曜レギュラー
  • 桐山照史(2016年4月7日)木曜隔週レギュラー → 木曜レギュラー
  • 中間淳太(2016年4月7日)木曜隔週レギュラー → 木曜レギュラー

[突発性難聴で休養中の八乙女光の代役メンバー]

  • 髙木雄也、山田涼介、伊野尾慧、知念侑李、薮宏太

ZIP!ファミリー

日本テレビのバラエティ番組『ZIP!』にレギュラー出演する者の総称。

[メンバー]

  • 山口達也(2011年4月6日 – 2018年4月25日)水曜コメンテーター → 月・水曜メインパーソナリティー
  • 風間俊介(2018年10月1日)月曜メインパーソナリティー
  • 阿部亮平(2019年4月29日)「流行ニュース キテルネ!」のリポーター

しげしげコンビ

舞台『6月のビターオレンジ』(2011年6月3日 – 7月6日)に兄弟役で共演したことがきっかけで名付けられた俗称。

[メンバー]
城島茂、加藤成亮(後の加藤シゲアキ)

B.H.V.

関西Jr.のユニット「B.A.D.」、「BOYS」、「Veteran」が合同で活動する際に使用されたユニット名。
詳細は「B.B.V. →(B.H.V.)」を参照。

シースリー

別表記:しーすりー、C3。3人のJr.に対して2012年からファンが名付けた俗称。由来は、3人の苗字の最後の一文字が「し」である事から、「し3」=「シースリー」となった。

[メンバー]
岩橋玄樹、岸優太、髙橋颯

神7

7名のJr.に対して2012年からファンが名付けた俗称。ネーミングの由来は、AKB48の「神7(かみセブン)」の真似。
Sexy Zone」のバックを務めることから、「セクバ」とも呼ばれた。

[メンバー]

  • Sexy Boyz(神宮寺勇太、中村嶺亜、羽生田挙武、倉本郁)
  • シースリー(岩橋玄樹、岸優太、髙橋颯)

松松コンビ

略称:松松。Sexy Zoneのバックなどでシンメトリーを組むことが多い2名のJr.に対する俗称。

[メンバー]
松倉海斗、松田元太

中国ジャニーズ

中国人の中からアイドルを発掘するオーディションを行い、ミュージカル『ジャニーズ・ワールド』(2012年11月10日 – 12月30日、帝国劇場)でデビューさせる構想を、ジャニー喜多川が2012年5月に報道陣に明かした。
しかし、近藤真彦が代表を務める一般財団法人「Marching J財団」の東日本大震災復興支援プロジェクトの柱となる“中国からの仙台へのパンダ誘致計画”に対する仙台市民の反発、尖閣諸島問題に端を発する国際情勢、Hey! Say! JUMPの山田涼介主演のスペシャルドラマ『金田一少年の事件簿 香港九龍財宝殺人事件』における香港ロケの現場妨害事件により、オーディションは中止となった。

なにきん

2012年7月に結成された関西ジャニーズJr.内の2つのユニット「なにわ皇子」、「Kin Kan」に対する俗称。

仁聖 ~JINSEI~

2013年7月頃から、ジャニーズ事務所には無断で結成が練られていた音楽ユニット。2人でダンスミュージック系の曲を作成して発表するという案が出ていたが、直後の同年9月に田中が事務所から度重なるルール違反行為があったとして専属契約を解除され、実現には至らなかった。

[結成予定メンバー]
赤西仁、田中聖

STVKエスティーブイケー

2014年からファンの間で使われ始めた俗称での総称。SMAPTOKIOV6KinKi Kidsの4グループをまとめて指す際の呼び方。
CDデビュー順ではなく、グループの“結成順”にこだわって「STKV」の並びで呼ぶ古参のファンも居る。

副社長ズ

初代はジャニーズ事務所の連名副社長に、二代目は「株式会社 TOKIO」の連名副社長に対する俗称。

[初代メンバー(~2019年9月26日)]
メリー喜多川、藤島ジュリー景子
[二代目メンバー(2020年7月22日~)]
国分太一、松岡昌宏

NIKKニック / シン・スマップ

2016年1月13日に世間を揺るがせた「SMAP解散危機」の報道を受け、同月よりネット上の複数のサイトで同時発生的に湧き上がった、ファンによる新グループの願望、構想。
同年8月には映画『シン・ゴジラ』(2016年7月29日公開作品)になぞらえ、カタカナ表記の「シン・スマップ」という候補名も浮上するようになった。

[構想メンバー]

  • N – 中居正広(リーダー)
  • I – 稲垣吾郎
  • K – 草彅剛
  • K – 香取慎吾

めざましファミリー

フジテレビ系列の朝の情報番組『めざましテレビ』にレギュラー出演する者の総称。

[メンバー]
伊野尾慧、ジャニーズJr.(2人または1人の選抜メンバー)、藤井流星、大橋和也、なにわ男子
[事務所部外者メンバー]
生田竜聖(生田斗真の弟)

るたこじ

関西ジャニーズJr.の室龍太と向井康二に対するファンからの俗称。「こじるた」とも呼ばれた。

Funky8ファンキーエイト

振付師でもある屋良朝幸によって2015年に選抜された、ダンスに定評のある関西ジャニーズJr.の8名に対する俗称。命名者も屋良朝幸。
中山優馬の1stソロツアー、Hey! Say! JUMPのカウントダウンライブ、「ジャニーズWEST LIVE TOUR 2017 なうぇすと」のメインバックなどで活躍し、ファンからは正式ユニット化が熱望されていたが、朝田が『ViVi』の読者モデル・すみだかほとの熱愛が発覚して謹慎、2018年10月6日発売のアイドル雑誌で初お披露目された新グループ「なにわ男子」に大橋と藤原が参加したことにより、Funky8の正式ユニット化は無くなった。
なお、メンバーにはコードナンバーがあり、8人以外にも、Funky9が中山優馬、Funky10は屋良朝幸とされていた。

[結成予定メンバー]
括弧はグループ内で決めたメンバーカラー。

  • Funky1 – 大橋和也(ピンク。理由は少しぽっちゃりめでブタっぽいから)
  • Funky2 – 朝田淳弥(デニム〔水色〕)
  • Funky3 – 林真鳥(青)
  • Funky4 – 古謝那伊留(紫)
  • Funky5 – 草間リチャード敬太(黄色)
  • Funky6 – 末澤誠也(白)
  • Funky7 – 今江大地(緑)
  • Funky8 – 藤原丈一郎(赤。理由はグループのセンターだったから)

三文字カルテット

略称:サンカル。関西Jr.の仲良し同期4人組に対し、全員氏名が漢字3文字だったことから、2016年よりファンの間で呼ばれ出した俗称。

[メンバー]
岡佑吏、川北翔、河下楽、小柴陸

信号ブラザーズ

関西ジャニーズJr.の高橋恭平(青)、道枝駿佑(赤)、長尾謙杜(黄)の3名に対する俗称。ネーミングの由来は、3人の着ていた衣装の色がちょうど青、黄、赤に分かれていて信号みたいだったことから、関西Jr.の向井康二が命名した。
その後、3人とも2018年10月6日発売のアイドル雑誌で初お披露目された新グループ「なにわ男子」のメンバーとなった。

ちび5

読み方は「ちびファイブ」、「ちびご」の2種。関西ジャニーズJr.の5名に対するファンからの俗称。
この5名で、コンサート「関西ジャニーズJr. X’mas Party ! ! 2018」(2018年11月30日 – 12月25日、大阪松竹座)では、ジャニーズWESTのシングル曲『プリンシパルの君へ』もカバーした。
その後、2019年1月22日発売のアイドル雑誌『Myojo』(同年3月号)にて、「Lil かんさいリトルかんさい」の名前で公式ユニットとして初お披露目された。

[メンバー]
西村拓哉、嶋﨑斗亜、大西風雅、岡﨑彪太郎、當間琉巧

ゆり組

Snow Manの2名に対するファンからの俗称。2人は幼稚園からの幼なじみで、年長さん組の時に共に「ゆり組」だったことが由来。

[メンバー]
宮舘涼太、渡辺翔太

岩本兄弟

Snow Manの2名に対して2019年からファンに呼ばれ出した俗称。向井康二が実の兄の向井達郎(元・関西ジャニーズJr.)に岩本照が似ていると感じ、岩本を「照兄(てるにぃ)」と呼び始めたことが俗称の由来。別名:いわこじ。

[メンバー]
兄 – 岩本照、弟 – 向井康二

令和イレブン

2019年4月に巻き起こった新グループ構想。
4月1日に、ある一人のファンがTwitterにて、ジャニーズ事務所関係者からの情報だとして、ジャニーズJr.のグループ「HiHi Jets」と「 少年」が合体し、11人で「令和イレブン」の名で同年夏にCDデビューが決定したとツイート。
この情報は瞬く間に拡散されて大きな話題を呼んだが、同年4月5日に丸の内ピカデリーで行われた『映画 少年たち』の実演イベントにてSixTONESのメンバーがこの噂に言及し、「そんなデビューの話はない」と完全否定。ガセネタであったことが判明した。

少年忍者」内俗称ユニット

旧名:ちびっこ忍者!。「少年」の部分が小さくなっているのは、過去に存在した同名ユニット「少年忍者」と混同させないため。

3150組さいこーぐみ
2020年に少年忍者の仲良し5人組で「ISLAND TV」用の映像を撮っていた際、黒田が「3150ポーズ」(拳にした両手を前方に向けるポーズ)をやり始めた所、他のメンバーも真似するようになったため、ファンの間で呼ばれ出した俗称。
[メンバー]
安嶋秀樹、内村颯太、黒田光輝、平塚翔馬、元木湧
NHK
東山紀之から、かつて「NHK」という名のプライベートユニットを作っていたという話を聞いて触発された檜山が、2019年9月6日配信の「ISLAND TV」にて、今後組んでみたいユニットの案として同じ「NHK」の名で発表した。
[メンバー]
  • N – 織山尚大
  • H – 檜山光成
  • K – 北川拓実
5忍者ごにんじゃ
「5忍」、「クリエF」とも呼ばれる。
2020年5月1日から日比谷のシアタークリエで1ヶ月間開催予定だった『ジャニーズ銀座 2020 Tokyo Experience』にて、「Fグループ」として3公演をパフォーマンスするはずだった5名の少年忍者に対するファンからの俗称。 なお、「5忍者」という名前のユニットは、2018年10月から2019年初頭にかけて「正式なJr.内ユニット」として先に存在している。
[メンバー]
川﨑皇輝、ヴァサイェガ渉、北川拓実、織山尚大、黒田光輝
8忍者はちにんじゃ
「8忍」、「クリエG」とも呼ばれる。
2020年5月1日から日比谷のシアタークリエで1ヶ月間開催予定だった『ジャニーズ銀座 2020 Tokyo Experience』にて、「Gグループ」として3公演をパフォーマンスするはずだった8名の少年忍者に対するファンからの俗称。
[メンバー]
青木滉平、安嶋秀樹、内村颯太、豊田陸人、檜山光成、平塚翔馬、深田竜生、元木湧
9忍者きゅうにんじゃ
「9忍」、「弟組」、「年下組」とも呼ばれる。
少年忍者の内、若手9名に対するファンからの俗称。
[メンバー]
稲葉通陽、小田将聖、川﨑星輝、久保廉、鈴木悠仁、瀧陽次郎、田村海琉、長瀬結星、山井飛翔
その他ユニット
忍者バンド、おもち兄弟、ぴかぴかコンビ、にぼし、チーム青、チーム青田、ピンキーズ、イエローボーイズ、どーもどーも

マッタン冷え性

略称:マッタン。別名:兄組。2020年1月13日に投稿された「ISLAND TV」の動画に出演したグループ無所属の9名の関西Jr.が、『マッタン冷え性』という歌を動画内で歌ったことから、ファンの間で呼ばれ出した俗称。

[メンバー]
今江大地、岡佑吏、奥村颯太、河下楽、小柴陸、古謝那伊留、澤田雅也、福井宏志朗、吉川太郎

アレグラコンビ

2020年2月より久光製薬の医療用医薬品「アレグラFX」のCMにアレグラ人役で出演している2名のジャニーズタレントに対する俗称。

[初代メンバー(2020年2月)]
サトシーラ – 大野智
チネラー – 知念侑李
[2代目メンバー(2021年1月)]
チネラー – 知念侑李
ジングーラ – 神宮寺勇太

クリエCクリエシー

2020年5月1日から日比谷のシアタークリエで1ヶ月間開催予定だった『ジャニーズ銀座 2020 Tokyo Experience』にて、「Cグループ」として5公演をパフォーマンスするはずだった7名のジャニーズJr.(Jr.内ユニットに所属していないフリーの7名)に対するファンからの俗称。
同公演はコロナウイルスの感染拡大により中止となったが、「Johnny’s net オンライン」で行われたジャニーズJr.の有料動画配信企画「Summer Paradise 2020 俺担ヨシヨシ 自担推し推し 緊急特別魂」(通称:サマパラ。2020年8月1日~23日)にて、8月14日に2回、クリエCの7名でステージを繰り広げた。
その後、同年10月16日放送のテレビ朝日『ミュージックステーション 2時間SP』にて、正式なユニット名「IMPACTorsインパクターズ」が発表された。

[メンバー]
影山拓也、佐藤新、鈴木大河、椿泰我、松井奏、基俊介、横原悠毅

MUKKKNムックン ほか

デビュー時には6名居たKAT-TUNが、2016年3月31日をもって3名にまで減り、同じくデビュー時には9名も居たNEWSも、2020年6月19日をもって3名にまで減ったことを受け、「もうここまで来たなら、いっそのこと合体してパワーアップするべき」と考える、主にジャニーズファン以外の層によってネット上で湧き起こった新グループ名構想。
両グループのメンバーは年齢も近く、小山慶一郎はかつてKAT-TUNにサポートメンバーとして参加していたり、ファンクラブも元々は「You and J」として共同だったりと、実際に共通項も多かった。
最も多く挙がった代表例は「MUKKKN」だったが、他にも、MUNKKK(ムンク)、NUM-KKK(ナンバー スリーケー)、NEW KAT-TUNS (ニューカトゥーンズ)、NEWS-KUN(ニュースくん)など、様々な妙案が浮上した。

[代表例]

  • M – 増田貴久
  • U – 上田竜也
  • K – 小山慶一郎
  • K – 亀梨和也
  • K – 加藤シゲアキ
  • N – 中丸雄一

KSケーエス

テレビドラマ『未満警察 ミッドナイトランナー』(2020年、日本テレビ)に主演した2名に対するファンからの俗称。

[メンバー]
K – 中島健人、S – 平野紫耀

個性爆発アトミックボーイズ

略称:アトミックボーイズ、アトボ。2021年8月8日&15日放送のバラエティ番組『まいど!ジャーニィ~』(BSフジ)に出演したグループ無所属の7名の関西Jr.が、番組内で自分たちの肩書きとして「個性爆発アトミックボーイズ」と名乗ったことから、ファンの間で呼ばれ出した俗称。

[メンバー]
岡佑吏、奥村颯太、河下楽、小柴陸、澤田雅也、福井宏志朗、吉川太郎

三宅坂48みやけざかフォーティーエイト

三宅健が「NMB48」の元メンバー・太田夢莉と舞台の稽古中だったことがきっかけとなり、2022年1月17日放送のラジオ番組『三宅健のラヂオ』(bayfm)にて三宅が冗談交じりにぶち上げた企画アイドルグループの願望・構想。(本来「坂道シリーズ」の場合は乃木坂46や日向坂46のように、数字は48ではなく46になるべきだが、三宅は「三宅坂48」と述べた)
三宅自らがプロデューサーと不動のセンターを務め、各後輩グループの中から選りすぐりのイケメンだけを抜粋したドリームチームで、最低でも1年間は活動するというのがコンセプト。
番組内では「三宅坂48」の中の更なる選りすぐりのメンバー「神7(かみセブン)」についても言及し、メンバー構成が練られた。

[「神7」の候補メンバー]
三宅健、山田涼介、中島健人、佐藤勝利、松村北斗、平野紫耀、目黒蓮、ラウール、道枝駿佑
[その他の候補メンバー]
永瀬廉、髙橋海人、岸優太、神宮寺勇太




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