70-80年代アイドル・芸能・サブカル考察サイト

田中聖

コメント

分類歴代ソロ

たなかこうき。1985年11月5日生まれ(37歳)、千葉県八千代市出身、同県東葛飾郡沼南町(現・柏市)育ち。
KAT-TUN」の元メンバー。別名義:KOKI、JOKER、ハスラーKID。愛称:コーキ、コキ、コキくん、コキたん、コウくん、コウちゃん、殿、チャンプ、アニキ。
兄弟は兄1人、弟3人の男5人兄弟。兄は10歳上、弟が6歳下、10歳下、14歳下。三男の弟・田中彪たなかひょうがは歌手、俳優。四男の弟・田中樹たなかじゅりSixTONESのメンバー。五男の弟・田中彗たなかすばるは、二松學舍大学附属高校のピッチャーとして2017年に「第99回 全国高等学校野球選手権大会」へ出場。その後は埼玉県朝霞市「テイ・エステック」の社会人野球チームのピッチャーに。いとこの塚本翔人は元ジャニーズJr.。翔人の2歳上の姉は、ジュニアアイドルを経てモデル・女優となった塚本愛梨(旧芸名:塚本あいり)。

[関連ソロ・ユニット]

中学1年生だった1998年6月20日にジャニーズ事務所に入所。同期は上田竜也、五関晃一、辰巳雄大、松崎祐介ら。
田中の入所経緯について、「母親が知らない間に勝手に俺の履歴書を送ってた」、「いとこがオーディションを受けることになって、ついて来てと頼まれて一緒に行ったら自分だけ受かった」という、全く異なる2つのエピソードが存在しているが、これはいずれも田中による創作である。実際は田中自身でジャニーズに応募しており、親戚のおばさん(田中のいとこである塚本愛梨・翔人姉弟の母親)が、田中にジャニーズへの応募を勧めたことがきっかけであったと、愛梨も2010年のインタビューで明かしている(zakzak芸能ニュース 2010.07.06)。

2001年3月に「KAT-TUN」を結成。

18歳の時に「事務所を辞めたい」とジャニー喜多川に申し出たが、引き留められる。

一時期、坊主頭をトレードマークにしていたことがあった。元々は長めの髪型だったが、2005年の後半頃から急に坊主頭にした。最初に坊主になる際に聖の髪を刈ったのは、関ジャニ∞渋谷すばる
ジャニーズのアイドルが、ドラマなどの役作り以外で坊主にするということは非常に珍しくて目立ったため、バラエティ番組『はねるのトびら』の1コーナー「おじいちゃんといっしょ」では、ロバートの秋山竜次が演ずるコントキャラクター・秋山森乃進の「KAT-TUNメンバー覚え歌」にて、聖の坊主頭が毎回ネタにされていた。その後、秋山とはテレビドラマ『特急田中3号』で共演を果たしている。
なお、突然髪を刈った理由として、表向きには「長い髪は邪魔くさいから」と述べていたが、実際はHIP HOPに深く傾倒してのことであった。アイドルらしからぬ男くさい風貌になったことで、KAT-TUNだけでなく、ジャニーズ全体の中でも明らかに異色の存在となり、離れてしまうファンもいれば、逆に新たにファンになる者もいた。

2006年3月22日、KAT-TUNのメンバーとしてシングル『Real Face』でメジャーデビュー。

アイドル活動の傍ら、福祉関係にプライベートで積極的に参加していた。

  • 2006年に『24時間テレビ「愛は地球を救う」』の企画で訪れて交流した宮城県多賀城市の難病の少年に、その後もプライベートで訪問。
  • 2007年初頭より、埼玉県川口市の知的障害者通所授産施設「社会福祉法人 あかぼり福祉会 ゆりヶ丘学園」のオリジナルアパレルブランド「LILYHILLリリーヒル」にデザインをボランティアで提供するようになり、CAP、Tシャツ、パーカー、ジャケット、タオル、トートバッグなどにプリントして販売。田中自身も「LILYHILL」のTシャツを着てテレビに出演したり、ゆりヶ丘学園の文化祭「ゆり祭」にお忍びで出演し、歌を披露したりもしていた。
  • 2011年3月11日の東日本大震災発生後、上記の多賀城市の難病の少年の安否確認と激励、被災者たちに救援物資を輸送するため、米や水、缶詰、レトルトカレーなどを車にを詰め込み、2011年3月26日~27日にプライベートで同市の避難所を訪れた。なお、マスコミの報道では田中がたった1人で宮城に乗り込んだとされていたが、実際は「LILYHILL」を立ち上げた友人と2人での訪問だった。また、田中は震災発生後、「被災した人に申し訳ない」とし、大好きだった夜遊びや飲酒を自粛した。

メジャーデビュー後も、特急田中3号(主演・田中一郎役。2007年4月13日 – 6月22日、TBS)、必殺仕事人 2009(2009年1月9日 – 6月26日、テレビ朝日)、大奥 ~ 誕生[有功ありこと・家光篇](2012年10月12日 – 12月14日、TBS)などの連続ドラマに出演するなどの活躍もしていたが、以下の複数に及ぶルール違反行為、もしくはそれに準ずる行為があったとして、ジャニーズ事務所から2013年9月30日付で解雇される。同時にKAT-TUNからも脱退。

  • 事務所を通さずに別名義のユニットを組んでライブを開催。
  • 事務所を通さずにクラブイベントを主催してDJ出演。
  • 副業の発覚。
    • 市川海老蔵殴打事件があった西麻布のバルビゾンビルの7階にて、会員制ラウンジバー「CROSS ROAD」を2013年1月上旬より事務所に無断でオーナーとして経営。田中の兄・一成かずなるが店長、弟・彪が副店長。田中の元彼女(通称:バービー)も勤務していた。店の入り口には田中お気に入りのハーレーのバイクが置かれ、山下智久、戸田恵梨香、西野カナ、板野友美なども客として訪れていた。しかしすぐにジャニーズ事務所に発覚して厳重注意を受け、同年春には閉店したものの、バーテンの所作を学ぶためのアルバイトを事務所に無断で行い、同年夏には再び事務所に内緒で六本木にバーをオープンする。しかし事務所にバレそうになったため、すぐに西麻布に移転。
  • 未成年も参加可のオールナイトでの有料バースデーパーティーを事務所に無断で六本木などで毎年11月に開催。
  • 陰茎にシリコンボール&コックリングを装着。そして勃起した状態の陰茎を自ら撮影し、その画像をAV女優の倖田梨紗らに送りつけ、流出。(2013年9月30日発売の雑誌『実話ナックルズ』2013年11月号に掲載)
  • タトゥー写真の流出。(同じく『実話ナックルズ』2013年11月号に掲載)
    • タトゥーは体の至る所に入れており、ヘソから10cmくらい下の部分には、「NO ROCK NO LIFE」の文字と、その両脇で蛇が睨み合っている絵柄が入っている。 下唇の裏には「大和」の文字、尻には大きな2つの仮面 (これはチカーノタトゥーの代表的な絵柄「Two Face」で、「Smile Now, Cry Later (今は笑ってろ、泣くのは後だ)」を意味しており、ラッパーの2PACの背中にも彫られている)、その上には十字架付きの「M」のイニシャルが入っている。
  • 数々の女性問題。
    • あびる優(2003年)、木下優樹菜(2003年~2004年)、牧野田彩(後のAV女優・AYA。2006年)、黒木メイサ(2007年1月)、倖田梨紗(AV女優。2007年)、木口亜矢(2007年)、藤井リナ(2008年)、小澤マリア(AV女優。2008年9月)、一般女性(通称:バービー)、戸田恵梨香(2013年5月)、西野カナ、元グラビアアイドル(~2017年)、元タレントで振付師の女性(~2017年)など。この他、全国各地に現地妻が居た。
  • 過去にプライベートでボクシングジムに通っていたことはあったが、2013年には総合格闘家としてのデビューを画策し、“闘うフリーター”でおなじみの格闘家・所英男が経営するジム「リバーサルジム武蔵小杉 所プラス」に通ってトレーニングを開始。
  • 事務所には無断のユニットの結成も画策。2013年7月当時、1年半の謹慎(黒木メイサとの無断結婚によるペナルティ)を終えて芸能活動を再開したばかりの赤西仁と、「仁聖 ~JINSEI~」という音楽ユニットを組んで活動するつもりでいると、取り巻きやスタッフに吹聴。

2013年11月5日の28歳の誕生日よりTwitterを開始。同11月、「HIGH and MIGHTY COLOR」の元メンバーらと共に、5人組のロックバンド「INKTインク」を結成し、田中は「KOKI」名義でボーカルを担当することが発表された。

2014年に入り、新宿・歌舞伎町の老舗ホストクラブ「愛」グループで、本店のナンバー2ホストの高岡賢太郎(高岡早紀の実兄。田中とは旧知の仲)から、ジャニーズのOBや現役メンバーだけが在籍するホストクラブのプロデューサーとして、年間数千万円の契約料でスカウトされていることが、『週刊文春』(2014年7月31日号)に掲載される。高岡は、赤坂晃や大坂俊介ら他のジャニーズOBにも声を掛け、田中も、「Question?」の元メンバーらに声を掛けていたが、田中は結成したばかりのバンド「INKT」で再デビューしたいという思いの方が強かったため、“ジャニーズ関係者だけによるホストクラブの開店計画”は中止となった。

2014年9月、経営していた西麻布のバーを閉店。

同年10月1日、バンド「INKT」を本格始動。田中はバンド「INKT」の所属先として、当初は「ONE OK ROCK」が所属する大手芸能事務所「アミューズ」への所属を強く希望していたが、ジャニーズ時代のスキャンダルの質があまりにも過激すぎたこともあり、その願いは叶わなかった。そこで、田中は芸能事務所「ハーデスエンタテインメント」と業務提携をする話を進めていたが、最終的にGACKTしか所属者が居ない芸能事務所「株式会社 G-PRO」に身を預けることとなり、INKTの個人レーベルとして「株式会社 ナチュラルエース」も立ち上げられた。

同年11月8日、1stアルバム『INKT』をリリース。翌2015年1月18日に渋谷・TSUTAYA O-WEST、そして2月21日に大阪・BIG CATにて、INKT 1st Live『the birth of INKT』を開催した。

2015年10月にコカインで逮捕された女優・高部あいの携帯電話に田中の電話番号があり、捜査当局が内定を開始。[TOCANA 2017.06.02]

2016年9月8日、2017年5月27日、同年6月9日の『東京スポーツ』にて、かねてより田中が新宿や渋谷の有名ハプニングバー(客同士で性行為をするバー)に頻繁に訪れている常連客であること、更には芸能人向けの会員制ハプバーの経営を画策していることが報じられた。田中の行きつけのハプバーは、歌手の西野カナをはじめとする多くの芸能人も通っており、田中は女性を同伴して入店したり、ハプバーのハシゴをしたり、異様なハイテンションで店内で暴れまくっている姿などが目撃された。[東スポ 2016年09月08日] [東スポ 2017年05月27日] [東スポ 2017年06月09日]

2016年末、ファッションブランド「Black by VANQUISH」の2017シーズンのイメージモデルにバンド「INKT」が起用される。
2018シーズンと2019シーズンは田中がソロでイメージモデルに起用され、田中とのコラボアイテムとして、Tシャツ、パーカー、ネックレス、ブレスレット、バンダナ、トートバッグなどを発売。更に「Kit Kat」とのトリプルコラボチョコレートも販売した。

2017年5月24日午後7時前、友人と会うために渋谷区円山町のラブホテル街に車で訪れた際、田中はパトカーとすれ違った瞬間に急にスピードを上げてしまい、その動きを不審に思った警官がすぐにUターンして追いかけ、円山町と道玄坂2丁目の間の道路(通称:ランブリングストリート)で田中の運転する黒色のワンボックスカーを止めて職務質問した所、助手席と運転席の間の床から乾燥大麻片(大麻の花穂。通称:バッズ)と、使用済みの吸引用巻き紙が数枚見つかり、大麻取締法違反(所持)で警視庁渋谷署に現行犯逮捕される。車内に居たのは田中1人だけだった。田中は発見された大麻は「自分のものではない」と否定したものの、同署で採尿検査した結果、田中の尿からは大麻の陽性反応が出た。

フジテレビの報道で現場をリポートしたのは、奇しくもかつての同僚・生田斗真の弟である生田竜聖アナウンサーだった。当事件に伴い、田中のバンド「INKT」は全国ライブツアーの真っ最中だったが、オフィシャルサイトにて活動休止を発表。既に売れていたチケットの代金も返金することとなった。

5月26日には田中の自宅マンション(世田谷区の2LDKの賃貸。家賃約15万)に家宅捜索が入り、元タレントで振付師の女性と同棲していたことも発覚した。
『週刊文春』(2017年6月8日号)や『FRIDAY』(同年6月16日号)では、大麻だけでなくコカインまで、害虫退治のスプレー缶の中に隠し持って常用していたこと、更には人間不信に陥って、幾度も自殺未遂(リストカット)を繰り返して精神科に運ばれていたことも明かされた。
田中曰く、医師からは21歳の頃から躁鬱病だと診断されており、親に「生まれてごめんね」と言ったこともあった。
6月7日、大麻の「使用」を罰する法律が無いことと、大麻が見つかった乗用車が親族名義で、乗降者の絞り込みが難しく、大麻が田中のものという確証が得られなかったことで、警視庁渋谷署から処分保留で釈放。
6月30日、東京地方検察庁は証拠不十分で不起訴処分とした。

『週刊女性』(2017年6月13日号、主婦と生活社)にて、地方在住のセフレの会社員女性との常軌を逸した生々しいLINEのやり取りの証拠画像と共に、田中が「セックス依存症」であること、ファンの女性たちを相手に男娼として売春をしていること、更にジャニーズの後輩にも男娼をさせてその斡旋料を得ようとしていたことなどを暴露される。
また、田中はジャニーズ時代と同様に、自身の勃起した状態の男性器の画像を女性に送りつけていたことも発覚した。それだけでは飽き足らず、2020年夏からは自慰行為をしている動画や、自らの肛門にバイブ(電動エネマグラ)を突っ込んで前立腺オナニーをしている地獄絵図のような動画まで大量に複数の女性に送りつけるようになったことも、『週刊文春』(2022年3月10日号)によって発覚した。[週刊女性PRIME 2017/6/1] [週刊女性PRIME 2022/2/26] [文春オンライン 2022/02/27]

『FRIDAY』(2017年6月16日号、6月23日号、講談社)の2週に渡って、かつて田中が会員制ラウンジバー「CROSS ROAD」を経営していた際に、ハプニングバー仲間でもある西野カナと共に8時間以上もCROSS ROADのVIPルームに篭もり、覚醒剤を接種しながらキメセクをしていたことがイニシャルで報じられた。[FRIDAY 2017.6.1] [FRIDAY 2017.6.8]

2017年9月1日、バンド「INKT」が解散。同時に所属事務所を退所し、所属レコードレーベルとも契約解除となった。

一時は芸能界引退も考え、人目に付かない職業を探し、ラブホテルでの清掃の仕事に応募したりもしたが、やはり自分にはエンターテインメントしかないと判断し、同年12月31日、千葉「柏PALOOZA」にて開催されたライブイベント『Knock Out Kashiwa Idiot』にて、フリーでの歌手活動を開始。以降、数々の音楽イベントへの出演を重ねる。

2018年6月10日、インディーズにて2枚の1stソロシングル『HIP HOP DREAM』、『JUMP』を、「KOKI」名義で同時リリース。

2019年1月23日、1stソロアルバム『Easter』をリリース。

同年2月9日~4月6日に初の単独での全国ツアー『Tanaka Koki presents Easter TOUR 2019』を開催。

同年10月5日~11月4日に、2度目の単独全国ツアー『KOKI TANAKA pre. LOUDER TOUR』を開催。

2020年1月5日、YouTubeチャンネル「田中家ch【田中聖】」を開設。そして同月15日に動画を初投稿し、YouTuberデビュー。

同年8月、ファッションブランド「GoneRゴナー」の2020 Autumn&Winter Collectionのモデルに起用される。同時に田中とのコラボプルオーバーパーカーも発売。更に「激ロック」とのトリプルコラボによる「ゲキクロ限定カラー」も販売され、その購入者には先着限定でサイン入りのポストカードが配布された。

2021年3月13日、Instagramを開始。同日にツイキャスでの配信もスタート。

同年5月、音楽ユニット「SANBAKA」を結成。

同年11月3日 15時42分、ツイキャスでの生配信を行いながら車を運転中、スマホの小さい画面のコメント欄に集中するあまり前方不注意となり、追突事故を起こす。直後に配信は終了。田中は証拠隠滅のため、動画のアーカイブを残さなかったが、生配信を録画していた視聴者によって事故の瞬間の映像がネット上に拡散された。なお、この日以降も田中は運転中にスマホ画面のコメント欄を読みながらの配信活動を継続。

同年11月20日にABEMAで有料生配信された企画「朝倉未来にストリートファイトで勝ったら1000万円」に出場する予定だったが、肋骨骨折を理由に試合当日に急遽出場辞退が発表された。そのため、対戦相手だった朝倉からは翌21日にYouTubeで「逃げたっぽいですね。でも賢明な判断だったと思う」などと揶揄され、世間からもバッシングが相次いだ。

同年12月、新プロジェクトとなる多角的音楽集団「BABA」を結成。

週刊誌『FLASH』(2022年1月25日号、光文社)にて、2021年3月にツイキャス配信で出会った都内に住むファンの女性を相手に売春をしていたことが写真付きで報じられる。田中にとっては2017年6月に続いて、2度目となる売春報道だった。女性はいつも田中から急に呼び出されては、田中に金銭を渡した上で、田中の車の中、トイレ、千葉県内のラブホテルなどで肉体関係を重ね、毎回1時間ほどで帰されていた。ホテル代も全て女性持ちで、田中に対して一度に30万円を渡したこともあった。
KAT-TUNが『NHK紅白歌合戦』に念願の初出場を果たした2021年12月31日も、田中は自宅から最寄りの柏市内の行きつけのラブホテル「ホテルCOCO沼南」に、この女性を都内から呼び出して売春していた。

2022年2月19日に「違法賭博(賭け麻雀)をしていたジャニーズの人物が居る」とネット上で話題になった際、それは田中だとする声が多数挙がり、風評被害に遭う。これを受け、田中は2月20日未明にInstagramのストーリーズ、Twitter、YouTube動画で真っ向から疑惑を否定した。

同年2月23日、新プロジェクト「BABA」の第1弾楽曲『JOKER』のMVをYouTubeで公開。

同年2月24日、名古屋市中区内の路上で、覚醒剤取締法違反(所持)の容疑で愛知県警中署に逮捕される。田中は同日の18時から名古屋市千種区のCLUB UPSETで対バンライブに出演する予定だったが、急遽出演中止となった。
田中は同年1月29日と30日にも名古屋市千種区(今池3STAR)で対バンライブに出演していたが、名古屋市中区のビジネスホテルの従業員が、田中が宿泊した客室を30日に清掃していた際に違法薬物とみられる白い結晶を発見し、翌31日になって警察に通報。およそ0.164グラムの結晶が押収され、鑑定の結果、覚醒剤だと判明して容疑が固まったため、逮捕に至った(覚醒剤は1回の使用量が0.03グラム程度のため、押収された量は5~6回、場合によっては7~8回分に相当)。

田中が両親と3人で暮らす千葉県柏市の実家にも家宅捜索が入った。
なお、田中の覚醒剤使用に関しては、2017年6月の時点で既に大物女性歌手との「覚醒剤8時間キメセク報道」が『FRIDAY』で2週に渡って出ている。2016年11月29日に投稿された田中のブログでも、

「夜中さ!ホテルの窓をコツコツコツコツ誰かノックすんのよ!ここ21階の部屋だぞと!ってかうるさくて寝れねーよって思ってたら、15分ぐらいそれが続いて少し静かになったなと思ったら今度風呂場からその音がし始めてさ!もううるさくて寝れねーのよ」

などと、何らかの違法薬物の幻聴と思しきエピソードを綴っていた。

また、田中は逮捕される2月24日の未明から早朝にかけ、宿泊していた名古屋のホテルの部屋から丸4時間に渡ってツイキャスでネット配信をしていたが、逮捕の報道が出た24日中にツイキャス運営会社の手によって、田中のアカウント自体がBAN(削除)された。
2月26日の朝、田中の身柄が中署から名古屋地方検察庁に送検され、同日17時頃に中署に戻された。逮捕後の尿検査の結果、覚醒剤の陽性反応が出たことも報じられた。

3月17日、名古屋地検はまず覚醒剤取締法違反(所持)の罪で田中を起訴。そして逮捕時に田中が持っていたかばんの中に入っていた巾着袋から、覚醒剤を使用した形跡とみられる「黒いすす」が付着した吸引器具のガラスパイプと、危険ドラッグの「RUSH」(亜硝酸イソブチルなどを含む液体)、およそ4.407グラムが入った小さなガラス瓶2つも見つかっていたことから、中署は同日、覚醒剤取締法違反(所持、使用)と医薬品医療機器法違反の疑いで田中を再逮捕。

3月18日の朝、田中の身柄が再び名古屋地検に送検され、同日に中署に戻された。
3月25日、名古屋地検は覚醒剤取締法違反(所持、使用)と医薬品医療機器法違反の罪で追起訴。田中は保釈保証金300万円を納付し、同日18時40分頃に勾留先の中署から保釈。
なお、起訴状により、田中は逮捕された当日である2月24日にも覚醒剤を摂取していたことが判明した。
3月27日、自身のYouTubeチャンネルに謝罪動画を投稿。

その後、裁判を待つ身として猛省しているかと思いきや、Instagramで膨大な数の女性タレントや一般女性たちのセクシー画像に「いいね!」を乱発していることが発覚し、5月18日付の週刊女性PRIMEで報じられる。

一方で、かつて田中と同じく覚醒剤と大麻で逮捕された高知東生に招かれて、高知が在籍する自助グループ「公益社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会」に参加。薬物依存を断ち切るべく、高知と共に回復のための12ステップに取り組んだ。

2022年6月10日、初公判が名古屋地裁で開かれ(裁判官:平城文啓)、田中は起訴内容について「間違いありません」と認めた。田中の父親も証人として証言台に立ち、田中に反省を促した。検察側は常習性を主張して、懲役2年を求刑。
6月20日、名古屋地裁は懲役1年8月、執行猶予3年の判決を下した。

判決後、田中は歌手活動のホームグラウンドとして毎回利用していた地元のライブハウス「柏PALOOZA」のスタッフに電話をかけ、活動再開の旨を打診するも、薬物での逮捕に怒っていたスタッフから、「(うちでの再出演は)5年ぐらい(素行が)クリーンだったら」と釘を刺される。一方で、元・迷惑系ユーチューバーのへずまりゅうからTwitterのDMで連絡を貰い、7月上旬にTikTokでコラボ撮影をする計画を進めた。

ところが、有罪判決からわずか9日後の2022年6月29日17時25分頃、田中が麦わら帽子に黒縁メガネ、黒マスク、黒Tシャツに黒パンツ姿で地元の柏駅西口のロータリー付近を歩いていた際、パトロール中のパトカーに遭遇し、慌ただしく目をそらすなどの不審な行動を取ってしまい職務質問を受けたが、田中は一切応じずに商業施設に入るなどして数時間に渡って逃げ回り、知人に電話して「かくまってくれないか」と助けを求めたりもしていた。
そのため、警察官が捜索令状を取って所持品検査を行ったところ、田中の右腰付近の身体とズボンの間に、白色の結晶粉末が入った6cm×4cmのチャック付きビニール袋が挟まっているのが見つかり、最初の職務質問から5時間を経た同日22時32分、柏駅西口ペデストリアンデッキ上で覚醒剤取締法違反(所持)の容疑で千葉県警柏署に現行犯逮捕された。
当時は柏駅前にパトカーが4台と、更に救急車まで集結し、田中を10名以上の警察官が取り囲む騒動となった。田中自身も「覚醒剤を持っていたことに間違いない」と容疑を認めた。有罪判決からわずか9日後の逮捕とあってネット上では、「これは清水健太郎や田代まさしを超える逸材」などと揶揄される結果となった。

2022年7月1日午前8時10分頃、田中の身柄が柏署から千葉地検松戸支部に送検。
7月4日、田中の弁護側が突如、6月20日に下された「懲役1年8月、執行猶予3年」の判決に対して抗い、控訴。本来であれば、執行猶予中での再犯のため、前の懲役分も追加されて合計4年近い実刑になることが確実視されていたが、前の裁判を引き延ばして刑を確定させず、前の事件と再犯での事件を「併合罪」にすることで、前の裁判を「確定裁判」として考慮できなくさせ、刑期追加の回避、もしくは再度の執行猶予の可能性さえも狙った強引な“裏技”に打って出た。
法の矛盾点をついたこのテクニカルな手段に対し、ネット上では「反省する気なし」、「姑息」などの声が相次いだ。甘めの判決を出してあげた名古屋の裁判所にしてみても心証は最悪であり、控訴がそのまま棄却される可能性はもちろんのこと、控訴が認められたとしても検察側が出来る対抗策として、

  • 第1事件の裁判で検察側が最高裁まで上告し、執行猶予の剥奪を目指して争う。
  • 第2事件の裁判で検察側が厳しめに求刑し、更に検察側が高裁への控訴、最高裁への上告までして、第1事件の裁判よりも長引かせる。

なども理論的には可能なので、まさに弁護側としても一か八かの “賭け” だった。
7月9日、逮捕後の田中の尿から覚醒剤の陽性反応が出たことと、田中が逮捕時に持っていたセカンドバッグから乾燥植物、液体、ガラスパイプも発見され、パイプには覚醒剤の吸引(あぶり)に使ったであろう “すす” が付着していたことが報じられた。
7月20日、千葉県警が田中を覚醒剤取締法違反(使用)の疑いで再逮捕。千葉地検松戸支部は7月29日、覚醒剤を使用した罪で追起訴。
薬物治療の入院を条件として、9月2日に保証金を納付し、同日保釈。

2022年9月22日、千葉地方裁判所松戸支部で初公判が行われ、田中は起訴事実を認めた。11月29日の第3回公判の論告では検察側が田中に余罪があるため結審には応じられないとして、求刑などが示されず閉廷し、12月の判決期日も取り消された。

2022年11月29日、上記の論告のあった同日、前年6月に出演したライブの出演料が未払いであると知人女性に因縁をつけ、現金10万円を振り込むよう迫り1万円を脅し取った恐喝の疑いで京都府伏見警察署により薬物依存治療のため入院していた千葉市の病院で逮捕され、同日夜に伏見署へ移送された。6度目の逮捕となる。
恐喝事件について概ね容疑を認めており、同年12月2日夜に釈放。




歴代ソロ

 

情報提供・コメント

タイトルとURLをコピーしました