70-80年代アイドル・芸能・サブカル考察サイト

ジャニーズ企画ユニット

コメント
ジャニーズ企画ユニット

ジャニーズ事務所のタレントによる期間限定・活動限定の企画ユニット。

事務所退所後のOBによる企画ユニットやコンサート用・舞台用に結成されたジャニーズJr.の期間限定ユニットは含まず。
(掲載量を考慮し年代別にページを分割)

 
1980年代
年代別 : 80’s 90’s 00’s 10’s 20’s

ジャニーズ・ジュニア・ファミリー

1976年6月にTBSのバラエティ番組『ぎんざNOW!』内で放送された「第5回 東京音楽祭 シルバーカナリー賞」(会場:中野サンプラザホール)に出場するために結成された、JJSとリトル・ギャングのジョイントユニット。オリジナル曲「恋のウンブギラー」は未レコード・CD化。

[メンバー]

  • JOHNNYS’ ジュニア・スペシャル(板野俊雄、林正明、畠山昌久)
  • リトル・ギャング(松原秀樹、曽我泰久)

ジャニーズ少年団

1976年に、日本テレビの早朝子供番組『おはよう!こどもショー』のオープニングテーマや挿入歌を歌うための企画ユニットとして結成された。
ギャングスとジャニーズJr.のメンバーで結成。1976年から1977年にかけて活動した。

日本テレビ子供向け番組『おはよう!こどもショー』挿入歌『巨人の好きな子この指とまれ』、2ndは日本テレビ系特撮番組「小さなスーパーマン ガンバロン」主題歌「ガンバロン’77」のレコードを2枚発表したが、テレビやコンサートへの出演は無かった。
なお、当ユニットの名前について「ジャニーズ合唱団」と書かれた資料があるが、それは誤表記。

[メンバー]

  • ギャングス
    • 松原秀樹
    • 曽我泰久
    • 大野祥孝(ジャニーズ・ジュニア第4期生)
    • 長谷部徹(ジャニーズ・ジュニア第4期生)
  • 古川清隆
  • 野村義男(ジャニーズ・ジュニア第7期生)
  • 渡辺和晃(ジャニーズ・ジュニア第7期生)
  • 山口裕章

この他にも数名のジャニーズJr.が参加。

サンデーズ

NHK総合の歌番組『レッツゴーヤング』内にて結成された、男女混合の歌手ユニット。1977年4月10日から1986年4月13日にかけ、延べ7名がジャニーズ事務所から参加した。

  • 川﨑麻世(1977年4月10日 – 1982年10月3日)
  • 未都由(1977年4月10日 – 1978年3月)
  • 田原俊彦(1980年4月 – 1981年3月。1981年4月12日 – 1982年3月は司会を担当)
  • ひかる一平(1981年4月12日 – 1982年10月3日)
  • 植草克秀(1982年10月10日 – 1984年3月)
  • 中村成幸(途中から中村繁之に改名。 1984年4月 – 1986年4月13日)
  • 大沢樹生(1985年5月 – 1986年4月13日)

歴代サンデーズ」参照。

たのきんトリオ

田原俊彦、近藤真彦、野村義男の3名に対する総称で、1980年代前半に活躍した。正式なユニットではない。公式ファンネームは「たのきん族」。

1979年10月26日放送開始のTBSドラマ『3年B組金八先生』の生徒役で3名揃ってドラマデビュー。「金八トリオ」の俗称で呼ばれるようになる。
翌1980年4月1日、当時ジャニーズ事務所が2Fにあった六本木のフォンティーヌ・ビルの地下の劇場「アトリエ・フォンテーヌ」にて、3人の初イベント『金八トリオ・ファンの集い』を開催する予定だったが、会場から六本木の駅までファンで埋め尽くされるほどの、予想をはるかに上回るファンが来場したため、パトカーが何台も出動し、公演は中止となった。

続いて、フジテレビのドラマ『ただいま放課後』の撮影がスタート。このドラマの中で、「悪ガキトリオ」というグループ名を命名される。
人気はますます過熱していき、放映回数も当初の予定より延長。雑誌『週刊セブンティーン』(集英社)にも毎週登場するようになる。
1980年5月5日、虎ノ門の久保講堂にて改めてファンの集いを開催。1日5回公演で1万5000人を集客した。

3人に対する正式な愛称を決めるため、公募を行ったところ、約2万8000通のハガキが寄せられた。しかし、ジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川は全ての案を却下し、自ら考案したネーミングを採用。同年5月11日、神奈川県厚木市の東京工芸大学・厚木キャンパスのグラウンドにて行われた、テレビドラマ『ただいま放課後』の公開ロケイベント「放課後青空カーニバル」にて、3人に対する愛称「たのきん」と、3人のファンに対する愛称「たのきん族」が、約1万2000人のファンの前で発表された。(発表時は、あくまで公募の中から選んだとし、ジャニーが考案したことは伏せられた)

ネーミングの由来は、3人の苗字の頭文字「田」、「野」、「近」をつなぎ合わせたもので、近藤の「近」を「こん」ではなく「きん」と読ませたのは、パラキン(ダニー飯田とパラダイス・キング)、殿キン(殿さまキングス)、クリキン(クリスタルキング)などをもじったためであった。

当初ジャニー喜多川の中では、近藤真彦ではなく、金八先生のエキストラ出演者で田原俊彦とも親しかった児童劇団所属の椎野孝之を入れ、3人の苗字の頭文字「田・野・椎」を取って『たのしいトリオ』にするという案があった。 「たのきん」という珍妙なネーミングが生まれたのは、先にこの「たのしい」の構想があったからだとされている。(出典:『二丁目のジャニーズ 最終戦争篇』原吾一 著、1996年7月、鹿砦社刊)
雑誌『週刊セブンティーン』では、他誌との差別化を図るために、“たのきん”の文字は使わず、最後まで「悪ガキトリオ」の呼称を通し続けた。

1980年7月27日、日比谷野外音楽堂にて1stコンサート「YOUNG COMMUNICATION ’80 SUMMER 若衆魂」(通称:ヤンコン)を開催。4日も前から徹夜組が出るほどの大盛況だった。
1983年8月28日の大阪球場コンサートをもって解散。
グループ名変遷:たのしいトリオ→金八トリオ→悪ガキトリオ→たのきんトリオ。

[メンバー]

  • た – 田原俊彦(愛称:トシちゃん、イメージカラー:赤)
  • の – 野村義男(愛称:ヨッちゃん、イメージカラー:青)
  • きん – 近藤真彦(愛称:マッチ、イメージカラー:黄)

Aチーム / Bチーム

テレビ東京の音楽番組『ザ・ヤングベストテン』(通称:ヤンベス。1981年10月6日 – 1982年9月21日)内で、番組の司会をしていた6人が、初期の頃に呼ばれていたグループ名。

  • Aチーム(後の「シブがきトリオ」→「シブがき隊」)薬丸裕英、本木雅弘、布川敏和
  • Bチーム(後の「ジャニーズ少年隊」→「少年隊」)錦織一清、植草克秀、松原康行

ウィズの子供たち

日本テレビの開局30年記念として1982年10月16日(土曜日・19:30 – )に放送された、西田敏行、林隆三、坂口良子、森光子ら出演のミュージカル・ドラマ『夏の王様』内での、全50名の集団であり、この集団でレコーディングされた楽曲がドラマのサントラLP「ミュージカル・ドラマ 夏の王様」(CBS/SONY/28AH-1468/82..)の中に収められている。ウィズの子供たちは『ウィズの子どもたち』『幸福の目じるし』(西田敏行との共演作)『メイン・テーマ』の計3曲を担当。50名中、9名が当時のジャニーズJr.。

[メンバー]

  • 鈴木則行(警察に補導されるスター役)
  • 内海光司(ガリ役。テロップや歌詞カードでは「内海幸司」と誤植)
  • 大沢樹生(お調子者のチョロ役)
  • 柳沢超(ウサギ役)
  • 正木慎也(マジ役)
  • 石川博文(ドングリ役)
  • 板越英真(後の板越ジョージ)(ドコ役)
  • 百武治明(警察に補導されるラッパ役)
  • 吉田一寿(警察に補導されるツッパリ役)

その他、ジャニーズ事務所部外者。

オレンジ・シスターズ With ザ・ベンチャーズ

ジャニーズ事務所の女性ユニット「オレンジ・シスターズ」が、米「The Ventures(ザ・ベンチャーズ)」とコラボし、1984年12月21日にアルバム『FAREWELL PARTY』を発売した際の名義。

オレンジ・シスターズ ディスコグラフィ」参照。

三多摩新鮮組さんたましんせんぐみ

小学館雑誌『マイアイドル』(1985年5月号)のみで披露されたトリオ。 ユニット名の由来は、3人とも東京の三多摩地域に住んでいたから。

[メンバー]
江端郁己、江端郁世、守屋二郎

Toshi & Naoko

『カックラキン大放送!!』(日本テレビ)などで共演していた田原俊彦と研ナオコによって結成されたデュオ。1985年7月21日にシングル『夏ざかり ほの字組』をリリース。同年9月5日に発売されたカセットテープ版には「振り付け指導カード」も封入されていた。
この曲の発売から19年後の2004年10月21日にも、二人はデュエット曲『恋すれどシャナナ』を発売したが、この時の歌手名義は「田原俊彦 & 研ナオコ」だった。

[メンバー]
Toshi – 田原俊彦
[事務所部外者メンバー]
Naoko – 研ナオコ

桜隊

日本テレビの音楽バラエティ番組『アイドル花組おとこ組』(1986年1月8日 – 3月26日)内だけでの企画グループ。
前身のバラエティ番組『ハイ!こちら音楽部』(1985年10月16日 – 12月25日)内にて「桜隊」の募集告知をし、『アイドル花組おとこ組』の放送が始まってから、合格者が徐々に紹介されていった。
また、前番組『ハイ!こちら音楽部』内で毎週行われていたオーディションコーナーにて、応募総数1万5千人の中から合格した週間チャンピオンの女性たち7名で、「花組」というグループも同時に結成された。
桜隊、花組ともに、『アイドル花組おとこ組』の中でも引き続きメンバーの募集告知がされ、最終的に桜隊は全6名、花組は全10名となった。しかしわずか3ヶ月で番組が終了してしまい、両グループも消滅。
「桜隊」はあくまでも日本テレビの番組内の企画グループであり、正確にはジャニーズ所属のグループではない。番組が終了し、グループが消滅した後の1986年5月に、遠方に住んでいた者を除いた鞆田ともだ、田代、赤坂の3名だけが正式にジャニーズ所属となった。逆に、番組の放送開始よりも先に直接ジャニーズ入りしていた中岡は、番組の終了と同時に事務所を退所した。
一方、桜隊のサポートグループ「桜隊予備軍」は、全員ジャニーズJr.で構成されていた。

[桜隊メンバー]

  • 桜隊1番 – 藤井孝浩
  • 桜隊2番 – 鞆田紀世彦(番組終了後、正式にジャニーズ事務所へ入所。)
  • 桜隊3番 – 中岡真一郎(番組開始前からジャニーズ所属。退所後は「維新組」に参加。)
  • 桜隊4番 – 田代秀高(番組終了後ジャニーズ事務所に入所し、「少年忍者」サポートメンバー → 「GENJI」(当初は「ライト・イン・シャドウ」)結成メンバー。)
  • 桜隊5番 – 西野浩一
  • 桜隊6番 – 赤坂武彦

[桜隊候補メンバー]

  • 川部智文
  • 山本淳一(「光GENJI」の元メンバー。)

他。

[花組メンバー]

  • 安田満衣子(リーダー)
  • 杉本恵美
  • 酒寄一美
  • 權頭亜紀子
  • 長谷川輝美
  • 武田雅子(「さよなら美男子」(CROWN/CRSP-3/90.06.05)でCDデビュー。)

他、追加メンバー3名

桜隊予備軍

上記「桜隊」のサポートグループ。桜隊とは違い全員ジャニーズJr.からの選抜メンバー。

[メンバー]
杉江雄二、山崎正人、阿部直人、桑名兼司、前薗宏一郎、この他、途中から1名追加

本丸雅英もとまるまさひで

1986年5月5日発売のシブがき隊のアルバム『5th ANNIVERSARY』のために結成したコンビ。布川敏和のソロ曲『フックンの頭脳改革(歌う4コママンガ)』にてボイス共演した。

[メンバー]
薬丸裕英、本木雅弘

おめで隊

萩本欽一司会のTBSバラエティ番組『ドキド欽ちゃんスピリッツ!!』(1986年10月21日 – 1987年3月24日)内で結成された企画ユニット。
欽ちゃんファミリーのグループで、萩本欽一がプロデュース。1987年2月21日にシングル『悲しきエクササイズ』(FOR LIFE/7K-253/87.02.21)でレコードデビュー。
正木と中村の2名は当時、ジャニーズ事務所の所属だったが、当ユニットの管理はフォーライフレコードと浅井企画が預かりで行った。

[メンバー]

  • いんき君 – 正木慎也(当時、少年忍者のメンバー。グループ解散後は「忍者」。)
  • とうちゃん – 中村亘利(当時、少年忍者のメンバー。グループ解散後は「CHA-CHA」。)
  • おかし君 – 奈津あつし(ジャニーズ事務所ではなく、劇団ひまわり高等部の所属。「なつあつし」に改名し、コントグループ「AKIKO」を1989年に結成。1992年に「佐藤あつし」に改名し、コントコンビ「まんもす2 (まんもす・まんもす)」として活動。)

Mr.ミュージック

1986年10月、テレビ朝日『ミュージックステーション』がスタートすると同時に結成された、同番組専属のバックダンスグループ。古参のジャニーズJr.とダンスの上手いJr.が参加した。
早見優『Love Station』、荻野目洋子『六本木純情派』、中山美穂『WAKU WAKUさせて』などでバックを務め、メンバー数は、8人、7人、4人など、その時々で変動した。
Mr.ミュージックが着ていたピンク色のタキシードは、後に光GENJIの衣装としても使い回された。
「Mr.ミュージック」としてではないが、1987年1月14日放送の『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)にて、松坂慶子が歌う『赤い靴はいてた淫らな娘』のバックを、内海と大沢の2人が担当している。この異例のキャスティングは、松坂慶子主演の松竹映画『自由な女神たち』(1987年2月7日公開)に、ジャニーズ事務所から宇治正高が出演したことがきっかけだった。この時、曲中で内海が松坂に足を踏まれるというハプニングが起こり、その後も笑い話として語り草になった。

[メンバー]
内海光司、大沢樹生、遠藤直人、江端郁己、江端郁世、志賀泰伸、木野正人、中本雅俊、田中寛規、他

少年御三家

「光GENJI」、「男闘呼組」、「少年忍者」の3組が、1988年に合同で活動した際の総称。
1988年1月1日、「少年御三家・新春一番歌いぞめ」と題した合同コンサートを日本武道館で行う。 その模様は同年2月20日より映画『少年武道館』として劇場公開され、後にビデオ化もされた。(同時上映作品は男闘呼組主演の『ロックよ、静かに流れよ』)
同年4月10日、「少年御三家・春の陣」を大阪城ホールにて開催。同年8月16日~19日、「少年御三家・夏の陣」を、再び日本武道館にて行った。(4日間の連続コンサートは、当時の武道館での新記録)同年8月23日~25日、大阪城ホールでも夏の陣を開催。

[メンバー]
光GENJI、光GENJI、少年忍者(忍者の前身)

でこぼこ隊

SMAP初めてのラジオレギュラー番組、TBSラジオ『POP・SMAP』内で1989年に作られたグループ。
3人が並ぶと身長がでこぼこになることから名付けられた。毎週火曜日放送分のパーソナリティーを、でこぼこ隊が担当していた。

[メンバー]
中居正広、森且行、草彅剛

東山紀之 & 亀淵友香

1988年の少年隊ミュージカル『PLAYZONE ’88 カプリッチョ ~天使と悪魔の協奏曲~』にて共演した東山紀之と亀淵友香(ゴスペル歌手、2017年死去)が、1991年9月30日にシングルCD『ジュエル』をデュエットでリリースした。

[メンバー]
東山紀之
[事務所部外者メンバー]
亀淵友香




情報提供・コメント

タイトルとURLをコピーしました