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ジャニーズ関連バックバンド

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ジャニーズ関連バックバンド

歴代ソロ、グループ「ジャニーズ年譜」のページでは扱いきれなかった、ジャニーズ事務所に在籍したバックバンド、および業務提携での専属バックバンド。
「ジャニーズ」のバックバンドとして活動した最初期の「ジャニーズ・ジュニア」からグループ結成順に掲載。
(一部「ジャニーズ年譜」と重複バンドあり)

 

ジャニーズ・ジュニア(初代)

1963年に高校生たちで結成。1966年中に解散。
「ジャニーズ」のバックバンドとして活動した、最初期のジャニーズJr.。
メンバーの内、嶺のぼるだけは既にジャズ喫茶でプロ活動の経験があり、その際に知り合ったジャニー喜多川(2019年に死去)に、「こういうバンドがあるんですけど」と自分のバンドを売り込んだところ、ジャニーがバンドの音を聴きに来てくれた。
当時、ジャニーズは「スマイリー小原とスカイライナーズ」などのフルバンドや、「ブルー・コメッツ」をバックに歌っていたが、ジャニーとしては「同世代のバンドでやりたい」という思いがあったため、「じゃあうちでやらない?」と言われてジャニーズのバックバンドとして採用され、「ジャニーズ・ジュニア」のバンド名を与えられた。
以降は、高校に通いながら、放課後にテレビ番組『ジャニーズ・ナイン・ショウ』&『ジャニーズ・セブン・ショウ』(日本テレビ)などテレビの歌番組への出演、日劇ウエスタン・カーニバルへの参加、ジャズ喫茶などでもライブ活動を行った。石原裕次郎、浅丘ルリ子主演、ジャニーズや北公次が出演した青春アクション日活映画『青春大統領』(1966年4月27日公開)にも、ライブ演奏のシーンで5名のメンバーがジャニーズと共に出演した。

[メンバー]

  • みねのぼる(ギター。後の若杉一夫、関山和雄)
  • 田中清司(ドラム)
  • 西原高泰(後に「アニメーション」に参加)
  • 井上肇
  • 清瀬ジュン
  • 穂口雄右ほぐちゆうすけ(オルガン、後に作曲家・編曲家)

[サポートメンバー]

  • 松下公次(後の北公次[フォーリーブス]。二代目タンバリン[初代タンバリは名前不明])

ハイ・ソサエティー

1966年初夏に結成。1973年解散。
愛称:ハイソ。前身バンドは「ザ・ソニア」。
ジャニーズ、フォーリーブス、永田英二、郷ひろみらのバックバンドとして活動した。
バンド名は、ジャニーズ事務所の副社長・メリー喜多川(2021年死去)の夫であり作家の藤島泰輔(1997年死去)の1965年発表の小説『日本の上流社会 ~ 高貴なる秘境を探検する』に由来。(当バンドについて、「ハイソサエティー」、「ハイソサエティ」、「ハイ・ソサエティ」、「ハイソサイティ」、「ハイ・ソサイティ」など数多くの表記揺れが存在するが、当サイトでは「ハイ・ソサエティー」で統一する)
リーダーの高橋洋一を中心に結成され、常に4~5名のグループだったが、メンバー構成は実に流動的で入れ替わりが激しく、最終的には延べ20人以上が参加した。
後にバンド「スーパーエイジス」と「アニメーション」に枝分かれした。

[メンバー]

  • 高橋洋一(リーダー、リードギター、ボーカル)
  • 大谷克己(リードギター。トニー谷の次男。「ザ・ソニア」→「アウト・キャスト」→ジャニーズ事務所)
  • 横内健亨(リードギター)
  • 粟野敏和(初代リズムギター。粟野トムの兄)
  • 元持勲(リズムギター)
  • 増田じゅん(リズムギター)
  • 新庄一(初代ベース)
  • 粟野トム(二代目ベース。粟野敏和の弟)
  • 峯井貴史(三代目ベース)
  • 杉征夫(四代目ベース)
  • 星克己(五代目ベース、後期に参加したが、すぐに「スーパーエイジス」へ異動)
  • 佐山武(初代ドラム)
  • 村田勝美(二代目ドラム、ボーカル)
  • 柳瀬薫(三代目ドラム、「ジューク・ボックス」を経て1970年に加入)
  • 長沢さとる(四代目ドラム、「アニメーション」異動後は、本名の「長沢悟」名義)
  • 山岡国士(エレクトーン、ボーカル。途中から「丘邦夫」→「山丘邦夫」に改名)
  • 永田英二(ボーカル。1968年9月より一時期、「永田英二とハイ・ソサエティー」名義で活動していた際に参加)

スーパーエイジス

1973年4月結成。1976年秋頃に解散。
グループ名変遷:「スーパーエイジ」→「スーパーエイジズ」→「スーパーエイジス」(一時、「永田英二とスーパーエイジス」や、1975年にリーダーの高橋が抜けてからは「村田勝美とスーパーエイジス」と名乗ることもあった。)
前身グループは「ハイ・ソサエティー」。また、辻野兄弟が内部ユニット「デビー&ルーベン」を結成。「クエッション」の後身。
基本的にはバックバンドとして活動したグループだったが、持ち歌もあり、単独で曲を披露することもあった。

[結成メンバー]

  • 永田英二(ボーカル。1974年に脱退)
  • 高橋洋一(初代リーダー、リードギター、オルガン、ピアノ。1975年11月に脱退)
  • 村田勝美(ドラム。二代目リーダー)

[追加メンバー]

  • 増田順(サイドギター。1974年に加入。同年7月に脱退)
  • 冨岡弘司(サイドギター。1974年7月に加入。1975年5月に脱退)
  • デビッド辻野(サイドギター、リードギター。1975年5月に加入。1976年2月に脱退、当バンドと並行して、弟・ルーベン辻野と共に「デビー&ルーベン」も結成)
  • ルーベン辻野(ドラム。1975年5月に加入。1976年2月に脱退)
  • 脇山剛(オルガン、ピアノ。1975年11月に加入。1976年3月に脱退)
  • 実川茂(リードギター。星克己の親友だったことから1976年3月に加入)
  • 石川三樹夫(サポートメンバー。サイドギター。1976年3月に加入。同年7月に脱退)
  • ダニー(本名:Daniel。ハーフの人物。オルガン、ピアノ。1976年7月に加入)
  • 徳永じゅん(ドラム、後に「アニメーション」に異動)

アニメーション

「ジャニーズ・ジュニア」や「ハイ・ソサエティー」出身のメンバーなど6名で、1973年に結成。
1970年代後半まで、フォーリーブス、郷ひろみ、葵テルヨシ、豊川誕、JOHNNYS’ジュニア・スペシャルのバックバンドとして活動した。
ドラムの長沢悟が最初に脱退。その後も脱退やメンバーチェンジが相次ぎ、流動的なグループであった。

[メンバー]

  • 小野義広(ギター)
  • 石川三樹夫(ベース。後に「石川三樹夫とアウトリガーズ」を結成)
  • 小池つとむ(ベース。「アポロン」→「ロッドサークル」(ボーカル担当)を経てアニメーションに加入)
  • 村田勝美(四代目ドラム)
  • 阿部吉剛(オルガン、ピアノ)
  • 脇山剛(オルガン、ピアノ)
  • 田原謙一(オルガン、ピアノ)

[脱退メンバー]

  • 西原高泰(「ジャニーズ・ジュニア」の元メンバー)
  • 長沢悟(初代ドラム)
  • 徳永じゅん(二代目ドラム)
  • 佐山真市(三代目ドラム)

デビー&ルーベン

スーパーエイジス」の内部ユニット。
1975年8月27日、4人兄弟の長男と次男の2人によって結成されたバンドグループ。父親がイギリス人、母親が日本人のハーフ。

[メンバー]
デビッド辻野(兄。愛称:デビー。ギター担当)、ルーベン辻野(弟。ドラム担当。リューベン辻野)

2人は元々、「辻野デビット」と「辻野リューベン」の名で渡辺プロダクションに所属しており、伊丹幸雄のバックバンド「フレンズ」(1972年結成。同年に「ロックンロールサーカス」に改名)のメンバーとして、1974年まで「日劇ウエスタン・カーニバル」などに出演していた。
1975年5月、2人揃ってジャニーズ事務所に移籍し、バンド「スーパーエイジス」に加入。スーパーエイジスと並行して、「デビー&ルーベン」も結成し、同年8月27日の「第54回 日劇ウエスタン・カーニバル」にてお披露目された。同年「クエッション」を結成するも、兄弟揃って脱退。

サウンド・リーブス

フォーリーブスのバックバンド。
1975年11月30日から1976年1月11日まで行われたコンサートツアー『フォーリーブスとジュニアたち』の第二部「ショウ・アップ・フォーリーブス “嫌い 好き ! !” ~恋と仕事と友情と~」にて、「アニメーション」と共に演奏をしたバンド。

ジョーズ

豊川誕のステージ用バックバンド。
5人編成。バンド名は、豊川誕の「誕(じょう)」と、1975年6月20日に公開されたヒット映画『ジョーズ』を掛け合わせて名付けられた。

[メンバー]
村田勝美(ドラム)、小野義広(ギター)、石川三樹夫(ベース)、阿部吉剛(オルガン、ピアノ)、脇山剛(オルガン、ピアノ)

ジョー・ガールズ

豊川誕のステージ用ガールズコーラスグループ。

ギャングス

1976年結成。アイドルグループ、兼バンドグループ。
活動期間は1976年~1980年。「リトル・ギャング」と「白虎隊」の後身であり、「ANKHアンク」の前身に当たる。
1976年に、「リトル・ギャング」の松原、曽我と、「白虎隊」の大野、長谷部が合体することで結成し、川﨑麻世のバックバンドとして活動。また、渋谷哲平のバックも時折担当した。

バックバンドの活動以外にも、1976年に「ジャニーズ少年団」の一員として、日本テレビの早朝子供番組『おはよう!こどもショー』のオープニングテーマや挿入歌を発表し、1976年から1980年までテレビ朝日の子供番組『とびだせ!パンポロリン』に、歌と体操のお兄さん役でレギュラー出演。
『ヤンヤン歌うスタジオ』(テレビ東京)にもバックダンサーとしてレギュラー出演。数多くの女性アイドル歌手のバックを務めた。

1978年、松原が「エンゼルトリオ」としての活動も並行して開始。
同じく1978年、音楽経験が豊富だった伊藤栄悟が新たに加入。同年10月27日~29日にはメンバー5人で、日劇『ヤング!ロックン・ロール・フィーバー』に出演。
1978年秋、松原がドラマ『ゆうひが丘の総理大臣』の撮影で忙しくなったため、まだ『3年B組金八先生』でデビューする前だった田原俊彦が、『とびだせ!パンポロリン』に松原の代役として数ヶ月間出演。

グループ最後期の1980年、更に新メンバーとして、ボーカル担当の柴谷英樹を迎える。その後すぐにバンド名を「ANKH」に変え、同年7月21日に『24時間テレビ「愛は地球を救う」3』のイメージソング「イマジネーション」でレコードデビューした。
近藤真彦がギャングスの付き人を経験している。

[結成メンバー]

  • 松原秀樹(ベース、ボーカル)
  • 大野祥孝(キーボード、サイドギター、ボーカル)
  • 曽我泰久(サイドギター、ボーカル)
  • 長谷部徹(ドラム)

[追加メンバー]

  • 伊藤栄悟(リードギター、ボーカル。1978年からグループに参加)
  • 柴谷英樹(リードボーカル。グループ後期に参加)

[サポートメンバー]

  • 田原俊彦

村田勝美&ハイクエッチョンズ

1976年3月にレコードデビューするはずだった幻のバンド「クエッション」の名前を使い、田原俊彦の専属バックバンドとして、1979年に「村田勝美&クエスチョンズ」を結成(「クエスチョンズ」だけで表記されることも有り)。
1982年春より松原・曽我が加入。その後、「村田勝美&クエスションズ」、「村田勝美&クエッチョンズ」、更に「村田勝美&ハイクエッチョンズ」へと改名していった。
メンバー数は6人構成が基本だったが、コンサートの時には十数名のメンバーになった。
なお、1983年4月1日に放送されたバラエティ番組『桜中学大音楽会 ~ 金八新八仙八貫八と138名の卒業生達』(TBS)にも、ダブルスと共にバック演奏で出演している(「クエスチョンズ」名義)。

[メンバー]

  • 村田勝美(リーダー。ドラム)
  • 実川しげる(リードギター)
  • 山本雅史(キーボード。郷ひろみのバックバンド「スーパーJETS」のメンバー)
  • 脇山剛(オルガン、ピアノ)
  • 松原秀樹(ベース。1982年3月のANKH解散時からの加入)
  • 曽我泰久(リズムギター、1982年3月のANKH解散時からの加入)

ライターズ

近藤真彦の第1期専属バックバンドとして1980年代前半に活動。
前身は、1979年3月21日にアルバム『HERO’S GIFT』でレコードデビューした本格的なロックバンド「長沢ヒロ&HERO」で、同バンドのマネージャーが近藤所属のレコード会社(RCA)にヘッドハンティングされた関係で、近藤のバックバンドへと招聘された。
バンド名は、当時人気だった沖田浩之のあだ名が“ヒロ”だったため、「ヒロ」と「HERO」で被ってしまうということで、社長のジャニー喜多川が「“マッチ”だから、“ライター”にしちゃいなよ!」の一言で「ライターズ」となった。
なお、『たのきん後楽園コンサート -5万人大集合!真夏の祭典-』(1981年、日本テレビ)に出演時は、「ライダーズ」と誤植された。

[メンバー]

  • 牧野哲人(バンドリーダー。リードギター)
  • 長沢ヒロ(ベース。「あんぜんBAND(安全バンド)」→「森園勝敏 with BIRD’S EYE VIEW」→「長沢ヒロ&HERO」。近藤の曲『ヨイショッ!』、少年隊の『ダイヤモンド・アイズ』を作曲)
  • 吉田建(リズムギター)
  • 伊藤真視(ドラム)
  • ホッピー神山(キーボード。後に爆風スランプの母体となるファンクバンド「爆風銃(バップガン)」→「ビブラトーンズ」→「おPINK兄弟」→「PINK」)

ダブルス

近藤真彦の第2期専属バックバンドとして1984年まで活動し、日本武道館コンサート(1984年)などを盛り上げた。
バンドの解散時には、「解散しないで欲しい」というファンたちの署名が1万人分も集まった程の人気があった。
なお、1983年4月1日に放送されたバラエティ番組『桜中学大音楽会 ~ 金八新八仙八貫八と138名の卒業生達』(TBS)にも、クエスチョンズと共にバック演奏で出演している。

[第1期メンバー]

  • 牧野哲人(バンドリーダー。リズムギター)
  • 甲斐完司(リードギター。「リバーサイド」→「ダブルス」に参加)
  • 津野剛司(ベース。「爆風銃(バップガン)」の元メンバー)
  • 柿崎洋一郎(キーボード)
  • 伊藤真視(ドラム)

[第2期メンバー]

  • 牧野哲人(バンドリーダー。リズムギター)
  • 甲斐完司(リードギター)
  • 伊藤真視(ドラム)
  • 寺坂英人(ベース。1981年に「小野満とスイング・ビーバーズ」に入団)
  • 田口智治(キーボード。1984年から「C-C-B」→「THE C-C-BYE」→「ヨネタワタル」。2015年7月2日、覚醒剤取締法違反(所持)の疑いで神奈川県警察薬物銃器対策課に逮捕、9月16日、横浜地方裁判所において懲役1年6か月、執行猶予3年(求刑懲役1年6か月)の有罪判決)

[第3期メンバー:1984年]

  • 牧野哲人(バンドリーダー。リズムギター)
  • 瀬戸谷芳治(キーボード)
  • 甲斐完司(リードギター)
  • 寺坂英人(ベース)
  • 伊藤真視(ドラム)

シブ楽器隊(旧名:ララバイ)

1983年8月にリリースされたシブがき隊のシングル『Hey!Bep-pin』以降、シブがき隊の専属バックバンドとして活動。
当初のバンド名は、リーダーの龍野茂が設立していた会社名と同名の「ララバイ」だった。
「シブ楽器隊」という新しいバンド名は、一部ではジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川が命名したものだと言われていたが、実際は1984年の夏に、飲み会の席で布川敏和が思いつきで言った一言で決まったものだった。そして翌日のコンサートですぐに発表され、改名となった。
結成時のバンドメンバーは6名だったが、入れ替えや補強などかなり流動的で、最終的には15名近くのメンバーが参加した。2人居た女性コーラスは、ファンの間で「コーラス姉ちゃん」と呼ばれていた。
なお、シブがき隊の解隊コンサートにて、感極まった布川敏和から楽器隊のメンバー紹介を忘れられてしまったという悲しいエピソードを持つ。
シブがき隊の専属バックバンドでありながらも、途中で芳本美代子、後期には光GENJIのバックバンドとしても活動していた。

[メンバー]

  • 龍野茂(リーダー。リードギター)
  • 甲斐完司(リードギター)
  • 吉沢賢一(初代リズムギター。1980年に「フーピー(whoopee)」結成)
  • 黒河孝弘(二代目リズムギター)
  • 葛口雅行(ベース。レコーディング・プロデューサー)
  • 原田幸盛(キーボード。「有限会社サイバー」設立。「Avenue」を結成)
  • 村田??(キーボード、サックス)
  • 近藤裕信(前崎とのWキーボード)
  • 前崎史郎(近藤とのWキーボード。「remote」→「Zen-4」)
  • 近沢??(二代目ドラム)
  • 小森啓資(三代目ドラム。「クライズラー&カンパニー」→「野獣王国」→「KENSO」)
  • 山本雄一(四代目ドラム。1987年の『反逆のアジテイション』から参加)
  • BON新村(パーカッション。『喝!』から加入)
  • 倉富義隆(サックス。堂本剛のバックバンド「SC△LE(スケール)」にも参加)
  • 波田野直彦(トランペット)
  • 遠藤由美(コーラス。リーダーの龍野の恋人)
  • 市川ゆかり(コーラス)

D.W.B.2 (ディー・ダブリュ・ビー・ツー)

田原俊彦の第2期専属バックバンド。
D.W.B.2とは「Dancing With Big Boys」の略で、1984年5月から1988年まで田原のバックに付いた。

YAMATO

近藤真彦の第3期専属バックバンドとして1984年後半から活動開始。
1994年3月~4月に行われた諸星和己の初ソロツアーにも参加した。
バンド名の由来は、近藤が神奈川県大和市出身だったことと、近藤の好きだった矢沢永吉が、横浜で最初に作ったバンドの名前が「YAMATO」だったから。
バンド自体の所属は、ジャニーズ事務所ではない。メンバーは非常に流動的で、少なくとも6期以上に渡る。

[メンバー]

  • 中西哲郎(初代リードギター)
  • 古屋雅之(初代リズムギター)
  • 小林涼(二代目バンドリーダー。二代目ギター。1985年10月リリースの『大将』より参加。元「L♂♀VE(ラヴ)」の篠原涼)
  • 甲斐完司(リードギター)
  • 牧野哲人(リズムギター)
  • 村岡ふみのり(漢字不明。ギター)
  • 宮崎禎男(ギター)
  • 宮田耕希(ギター)
  • 佐藤誠(ギター)
  • 加賀谷文靖(初代ベース。後に浅香唯や南野陽子などをサポート)
  • 依知川伸一(二代目ベース。1985年10月リリースの『大将』より参加。元「L♂♀VE(ラヴ)」のメンバー)
  • 瀬戸谷芳治(初代キーボード。1988年頃まで度々YAMATOに参加)
  • 石川龍太郎(キーボード。1985年10月リリースの『大将』より参加。元「L♂♀VE(ラヴ)」のメンバー)
  • 吉田明彦(トランペット、キーボード、パーカッション)
  • 野崎洋一(キーボード)
  • 那須仁(キーボード)
  • 鎌田雅人(キーボード)
  • 伊藤真視(初代バンドリーダー。初代ドラム)
  • 平石正樹(二代目ドラム。1985年10月リリースの『大将』より参加。元「L♂♀VE(ラヴ)」の神野正樹)
  • 石井大作(サックス)
  • 金山徹(キーボード、サックス。1991年からの参加)
  • 望月誠人(トロンボーン。1988年から1992年まで参加)
  • 直井秀樹(コーラス)

BOYZ

旧名:BOYS。 別名:金山徹とBOYZ。
少年隊の専属バンドで、少年隊がレコードデビューする前から付いていた。バンド名はジャニー喜多川が命名。
1988年春にメンバーを3名増加させた際に、BOYSからBOYZに改名。メンバーは流動的で、30名以上ものメンバーが参加している。

[参加メンバー]

  • 金山徹(2代目リーダー。サックス、パーカッション、キーボード)
  • 甲斐完司(リードギター)
  • 古川望、牧野哲人(ギター)
  • 寺坂英人(初代リーダー、ベース)
  • 中井正剛、永井利光(ドラム)
  • 工藤健(キーボード)
  • 船越敬司、Ken Keng、石川雅康(パーカッション)
  • 浅野房子、高原裕枝、伊藤はる江、斉藤典子(コーラス)
  • MILK(姉妹ユニット、コーラス)
  • 望月誠人(トロンボーン、1990年の少年隊のコンサートツアーに参加)

光GENJIのバックバンド

光GENJIのコンサート用に、ジャニーズJr.のメンバーによって臨時で組まれた即席バックバンド。いずれも実際に演奏はしておらず、あくまで楽器を持って当て振りをするだけだった。 そのため、バンド名も特に無かった。

[1988年夏のコンサートツアー時のメンバー]
東昌孝(ベース)、岩佐克次(ギター)、岡田賢一郎(キーボード)
3名ともSMAPの前身グループ「スケートボーイズ」の出身者。

[1992年5月の横浜アリーナ時のメンバー]
佐野瑞樹(サイドギター)、前村友和(ベース)、星英徳(キーボード)

THE NICE

田原俊彦の第3期専属バックバンド。 1988年後半から田原のバックに付いた。

JURIA

「TOKIO BAND」の前身バンド。
「平家派」の中から、1988年12月26日~28日の大阪城ホールでの光GENJIのウィンターコンサート用に臨時で組まれた即席バックバンド。 実際には演奏しておらず、あくまで楽器を持って当て振りをするだけのバンドだった。
当初はバンド名が無かったが、翌1989年より城島が自分でバンド名を命名した。 城島の「J」、山口の顔が「瓜っぽい」とのことで「URI」、そして朝倉の「A」というのが由来。

[メンバー]

  • J – 城島茂 (ギター)
  • URI – 山口達也 (ベース)
  • A – 朝倉健仁 (キーボード)

TOKIO BAND (旧名:城島茂バンド)

1989年4月より、テレビ朝日『アイドル共和国』にて「城島茂バンド」(通称:ジョーバンド)の名前で結成。光GENJIやSMAPのバックを務める。前身バンドは上記の「JURIA」。
やがてジャニー喜多川から、「海外でもすぐに日本のバンドだと分かってもらえるように」とのことで、正式に「TOKIO BAND」と命名され、光GENJIのコンサートや、少年隊ミュージカル『PLAYZONE ’89 Again』にも演奏で参加した。
一方で、1990年4月に城島をリーダーとするアイドルグループ「TOKIO」が結成される。しばらくの間は「TOKIO BAND」と「TOKIO」、2つのユニットが同時に存在していたが、翌1991年に城島がジャニーに交渉したことで、山口も晴れて「TOKIO」のメンバーとなり、「TOKIO BAND」の方は消滅。
これにより、それまでただのアイドルユニットだった「TOKIO」はバンドグループとなり、1994年9月21日にCDデビューを果たした。

[メンバー]

  • 城島茂 (リーダー。 リードギター)
  • 山口達也 (ベースギター)
  • 渡辺一久 (リズムギター)
  • 大嶌忍、ほか (当て振りドラム。メンバーは流動的)

[候補メンバー]

  • 関裕通 (ドラム候補)

LiVeralリベラル

田原俊彦の第4期専属バックバンド。1989年から田原のバックに付いた。

Shima-Uma-Horns

少年隊専属のブラスセクションで、1989年~1991年に付いていた。
バンド名は、上記「BOYZ」のリーダーの金山徹が命名。メンバーは流動的。

[参加メンバー]
有沢健夫(トランペット)、木村葵(トランペット)、五反田靖(トランペット)、望月誠人(トロンボーン)、野村裕幸(トロンボーン)

DOUBLE‘T’& THE THRILL HORNSダブル・ティー・アンド・ザ・スリル・ホーンズ

田原俊彦の第5期専属バックバンド。

NEWSニュース

SAY・Sの1993年夏のコンサートツアー用に、4名のジャニーズJr.で結成されたバックダンサー兼バックバンド。(ちなみに同年春のSAY・Sコンサートのバックダンサー兼バックバンドはTOKIO。バンド演奏時には十倉太一もサポート参加)
NEWSは、実際には演奏しておらず、あくまで楽器を持って当て振りをするだけのバンドだったが、コンサートの中では1曲だけ、NEWSの持ち歌コーナー(少年隊の曲のカバー)もあった。
バンド名の命名者は社長のジャニー喜多川。大嶌忍がアルファベットの「E」の役を担えたのは、「嶌」の字の上の部首が、「E」を寝かせたように見えることから。

[メンバー]

  • N – 長野博 (ベース、キーボード)
  • E – 大嶌忍 (ドラム)
  • W – 渡辺一久 (ギター)
  • S – 坂本昌行 (ギター)

Yoshio Band

1996年2月21日に、近藤真彦がシングル『ミッドナイト・シャッフル』を発表した際、野村義男がリーダーを務めたバックバンド。近藤の1996年冬、夏のツアー、各歌番組、年末のNHK紅白歌合戦にてバックを務めた。
ただし、番組によっては、当バンドではなく下記の「ORANGE VOX」がバックを務める場合もあった。

[メンバー]
野村義男(ギター、バンドリーダー)、渡辺英樹(ベース)、平石正樹(ドラム)、田口智治(キーボード)

ORANGE VOX

近藤真彦の1996年夏のコンサートツアーにて、上記の「Yoshio Band」と共にバックを務めたバンド。また、同年に近藤が出演したテレビの歌番組では、当バンドが単独でバックを務めたこともあった。

[メンバー]
宮原学(ギター)、森泉アリ(ベース)、Eric Zay(ドラム)

スマ楽器隊

SMAPの専属バックバンド。1997年夏のSMAPのコンサートツアー「ス」より活動を開始。

[メンバー]

  • 中井正剛(ドラム)
  • 渡辺こうすけ(ギター&ベース)
  • 鈴木正将(キーボード)
  • 船越敬司(サックス&パーカッション)
  • 宮田耕希(ギター。2002年には堂本剛、2006年2月14日からは近藤真彦のバックも担当)
  • 金山徹(テナーサックス、ブルースハープ、ブラスアレンジ。1999年7月~9月と、2000年10月~11月に参加)

センチュリー・ロックンロール・オーケストラ・バンド

2000年前後に年末のディナーショーを中心に活動していたバンド。特に明確なバンド名は無く、その時々で適当な名前を冗談半分に名乗っていた。「センチュリー・ロックンロール・オーケストラ・バンド」という名前もその中の一つに過ぎない。
メンバーも毎回流動的であり、その全てを把握する事は不可能なバンド。

[当時のディナーショー]
赤坂晃(1998年 – 2002年の各12月)
佐藤アツヒロ & 山本淳一(1998年 – 2000年の各12月)
佐藤アツヒロ(2001年12月)
20th Century(2001年12月21日 – 2002年1月6日)

[参加メンバー]
望月誠人、渡辺尚仁、山崎文一朗、金山徹、他多数…

Red Pit Viper

バンド名の和訳は「赤マムシみたいな」。略称は「RPV」。堂本剛が2002年から開始したソロ活動に併せて結成。
2002年の堂本のファーストLIVEツアー『LIVE ROSSO E AZZURRO』にて、「FiⅤe」と共にバックを務めた。

[メンバー]

  • 牧野哲人(バンドリーダー。ギター&コーラス)
  • 宮田耕希(ギター)
  • 寺坂英人(ベース)
  • 山崎文一朗(キーボード)
  • 宮崎裕介(キーボード)
  • 関慶和(ドラム)
  • 浅野房子(コーラス)
  • Tee(コーラス、荒尾のりこ)

Fuke-Cen Bandフケセン・バンド

V6、および20th Centuryの専属バックバンド。旧バンド名「フケセン商会」。

[第1期メンバー(2003年)]
牧野哲人(バンドリーダー。ギター、コーラス)、船越敬司(パーカッション、コーラス)、中井正剛(ドラム)、本杉光司(ベース)、山崎文一朗(キーボード)

[第2期メンバー(2005年11月 – 12月)]
入江宏治(ギター)、宍倉聖悟(ギター、「rockwell」のメンバー)、山崎文一朗(キーボード)、土屋英範(キーボード)、本杉光司(ベース)、中井正剛(ドラム)、柳田謙二(パーカッション。2006年2月14日の1日のみ近藤真彦のバックも担当)

Zuckey Horns

望月誠人(愛称:づっきー)がリーダーを務める“サポートホーンセクション”で、担当アーティストによっては若干のメンバーチェンジがある。
V6、および20th Centuryのバックに付く時は上記「Fuke-Cen Band」、TOKIOのコンサートに付く時は下記「SPA Strings」と共に活動。
また、ジャニーズ以外にも松浦亜弥のコンサートツアーをサポートした。

Chocolate Dandy’s

上記「Fuke-Cen Band」の第1期メンバーと、「Zuckey Horns」とが合体し、2003年に結成。愛称:チョコダン。
オリジナル楽曲とカバー曲、更にはギャグも織り交ぜた、センスあるライブを行っていた。
2008年にはこのメンバーで、20th Centuryのコンサートツアーに5年振りに参加した。
翌2009年、若干のメンバーチェンジを経て、「ハニーボーイズ」に改名。
2011年11月18日に行われた望月誠人の追悼ライブにて、再び「Chocolate Dandy’s」としてステージに立った。

[メンバー]

  • 牧野哲人(バンドリーダー。ギター、ボーカル。2011年9月6日劇症肝炎にて他界)
  • 船越敬司(パーカッション、ボーカル)
  • 本杉光司(ベース)
  • 山崎文一朗(キーボード)
  • 中井正剛(ドラム)
  • 望月誠人(トロンボーン、コーラス)
  • 渡辺尚仁(トランペット、コーラス)
  • 大堰邦郎(サックス、コーラス)

[サポートメンバー]

  • 竹原智明(ボーカル)

SPA Strings

TOKIOのコンサートにおける弦楽四重奏団。 上記の「Zuckey Horns」と共に活動。 メンバーは全員女性。

[メンバー:2005年2月 – 3月]

  • 中村備生、鈴木順子、桑原晴子(バイオリン。3人で交替制)
  • 高山裕子、津森奈保子(チェロ。2人で交替制)
  • 諏訪有香(バイオリン)、田中詩織(ビオラ)

[メンバー:2006年2月 – 3月]
中村備生(バイオリン)、諏訪有香(バイオリン)、田中詩織(ビオラ)、高山裕子(チェロ)

[メンバー:2008年3月]
浅井眞理 (バイオリン)、羽純(バイオリン)、田中詩織(ビオラ)、友納真緒(チェロ)

[メンバー:2008年8月]
浅井眞理(バイオリン)、納富彩歌(バイオリン)、田中詩織(ビオラ)、友納真緒(チェロ)

SC△LEスケール

堂本剛のソロファンクプロジェクト「ENDLICHERI☆ENDLICHERI」、「244ENDLI-x」の専属バックバンド。2006年結成。
参加ライブ日程は、2006年3月19日 – 5月21日、7月5日 – 8月20日、9月20日 – 10月29日 (以上、横浜公演)。2007年2月23日 – 3月4日(仙台公演)。同年3月16日 – 6月25日 (お台場公演)。2008年3月29日 – 5月26日 (全国ツアー)。
堂本が率いる2018年春結成のファンクバンド「ENDRECHERI」とは別。

[メンバー]

  • ギター
    • 西川進(2006年3月19日 – 2008年5月25日)
    • 名越由貴夫(「轟音」のメンバー。2006年4月5日 – 2008年5月26日)
    • 竹内朋康(「マボロシ」のメンバー。2006年7月19日 – 2008年5月26日)
  • ベース
    • 上田健司(旧芸名:上田ケンジ。元「the PILLOWS」のメンバー。2006年3月19日 – 2008年5月26日)
    • KenKen(金子賢輔。「STARS」を経て「RIZE」のメンバー。2008年4月4日 – 2008年5月21日)
  • ドラム
    • ひぐちしょうこ(元「speena」のショーコ。2006年4月13日 – 2008年5月26日)
  • キーボード&バンドマスター
    • 十川知司(2006年3月19日 – 2008年5月26日)
  • サックス
    • 竹野昌邦(2006年3月20日 – 2008年5月26日)
    • 倉富義隆(元「シブ楽器隊」のメンバー。2008年3月29日、30日)
  • トランペット
    • YOKAN(水江洋一郎。2008年3月29日 – 5月26日)
  • トロンボーン
    • 小坂“サスケ”武巳(2006年3月19日 – 2008年5月26日)
    • 佐藤洋樹(2007年3月18日 – 2008年3月30日)
  • パーカッション
    • Steve Eto(2006年3月19日 – 2008年5月26日)
    • 山口とも(2008年4月11日、29日)
    • レナード衛藤(2008年4月19日、20日)
  • コーラス
    • TAMA(2006年3月19日 – 2008年5月26日)
    • 浦嶋りんこ(2006年4月12日 – 2008年5月8日)
    • CHAKA(元「PSY・S」のメンバー。2006年3月19日 – 2008年5月26日)
  • ダンサー
    • SARO(サーロ。横山禎大。タップダンサー。2008年3月29日)
    • 白河直子(「H.ART CHAOS(H・アール・カオス)」のメンバー。2008年4月7日、8日)
    • TADAKO、TOMOMI、AJU(3名は2008年3月29日 – 5月26日)
    • YOCK、KIN、MAYUMI、SAYU、SAORI、RISA、AKEY(以上7名は2008年3月29日 – 5月8日)

マッキーズ

2006年の堂本光一のソロコンサート『KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2006“mirror”~The Music Mirrors My Feeling~』でのバックバンドとして結成。
前回の堂本のソロコンサート(2004年)は、生演奏ではなく、ジャニーズJr.がカラオケに合わせて当て振りするだけの状態だったため、このコンサートでは演奏力のあるメンバーが集められた。
リハーサルの段階ではまだバンド名が無く、堂本からは“バンドさん”と呼ばれていたが、初日の本番前になって「そう言えばバンド紹介の時の名前が無い!」ということになり、音楽監督の牧野哲人(愛称:マッキー)がメンバーを集めたバンドだったため、急遽「マッキーズ」と命名された。
2007年4月11日には、大浦たすくを除く3名に新たにボーカルとギターを加入して、5人組バンド「Cinderella Knight」に生まれ変わり、同年6月17日に原宿アストロ・ホールにてステージデビュー。
更に2008年1月1日には「Venomstripベノムストライプ」へと改名し、同年にCDアルバム『Venomstrip』にてインディーズデビューした。

[マッキーズのメンバー]

  • 大浦たすく(TSK。ギター。「Cinderella Knight」へは参加せず)
  • 村山☆潤(Jun。キーボード)
  • 小松崎健太(Kenta。ベース)
  • 山崎慶(Kei。ドラム)

[Cinderella Knight以降の追加メンバー]

  • 清水祥(Shou。ボーカル、ギター)
  • 粂絢哉(Junya。ギター)

ハニーボーイズ

2009年結成。20th Centuryのバックバンド。
2009年の20th Centuryのコンサートツアータイトル「HONEY HONEY HONEY」を元に付けられた。
バンドの呼び名は、遠征地方によって「東京ハニーボーイズ」や「大阪ハニーボーイズ」、「名古屋~」、「東北~」など、その都度変更される。
「Chocolate Dandy’s」を前身とする、精鋭揃いのバックバンド。

[メンバー]

  • 望月誠人(バンドリーダー、トロンボーン、シンセ、コーラス)
  • 船越敬司(パーカッション、コーラス)
  • 本杉光司(ベース)
  • 宍倉聖悟(ギター、コーラス)
  • 北沢さとる(ギター、コーラス)
  • 山崎文一朗(キーボード)
  • 中井正剛(ドラム)
  • 渡辺尚仁(トランペット、コーラス)
  • 大堰邦郎(サックス、フルート、コーラス)

バンドーズ

2012年に行われたKAT-TUNのコンサートツアー「LIVE TOUR 2012 Chain」のバックバンド。
後に大内と岸田は、KAT-TUNを脱退した田中聖と共にロックバンド「INKT(インク)」を結成した。

[メンバー]

  • 大内慶(ギター)
  • 土屋浩一(ギター)
  • 岸田勇気(キーボード)
  • KENTA(小松崎健太。ベース。「Venomstrip」、「LAST MAY JAGUAR」のメンバー)
  • 青山英樹(ドラム)



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