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布川敏和

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ふかわとしかず。1965年8月4日生まれ(57歳)、神奈川県川崎市川崎区観音2丁目出身。
別名:ふっくん布川。「シブがき隊」の元メンバー。愛称は一般的には「フックン」、コアなファンからは「敏和」。趣味:自然保護活動、ファッション、陶芸。
妹は元「おニャン子クラブ」の布川智子(会員番号:33番。後の荻野智子)。元妻は元歌手のつちやかおりで、明大中野高校の先輩・後輩の間柄。二人の間には1男2女が居り、上から、隼汰しゅんた桃花ももか花音かのん。長男の布川隼汰は俳優(演劇集団「アトリエッジ」所属)。長女の布川桃花はモデル、タレント。次女の布川花音もタレント。

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生まれ育った川崎市川崎区観音は、初詣参拝で有名な川崎大師のすぐ近くであり、昔からの地主であった「布川」と言う苗字が非常に多く、その一つが布川敏和の家であった。
父親の職業は中古車販売業で、母親は映画会社のニューフェイスとして活動していた元女優(2004年に他界)。布川は父親がわずか21歳の時に産まれた子だった。

1980年、中学3年の時に同級生の池田孝裕から、「履歴書が一枚余っちゃったから、お前も一緒に出そうぜ」と誘われ、2人で一緒にジャニーズ事務所に応募し、同年12月に2人揃って入所。翌1981年2月11日、日本劇場で行われた「サヨナラ日劇FESTIVAL」にて、たのきんトリオのバックダンサーとしてステージデビュー。

1982年、アイドルグループ「シブがき隊」として、薬丸裕英(ヤックン)と本木雅弘(モックン)の3名でシングル『NAI・NAI 16』でレコードデビュー。

1984年6月24日、愛犬の“ジェミー”をモチーフにしたグッズを取り揃えたブティック「JEMMY’S」を、川崎の実家のガレージを改装してオープン。布川の母親が店員をし、遠方のファンに向けた通信販売も行っていた。(布川はミニチュア・ダックスフントを飼っていたこともあった。名前は「マフィ」)

その後、JEMMY’Sは原宿にも「BEAT POPS BY JEMMY’S」の名で1985年10月3日にオープンして成功を収める(当時の所在地:渋谷区神宮前6-12-23 → 神宮前1-15-1 VIA原宿1F)。これを機に、他のタレントたちも次々に原宿にお店を出すこととなった。
JEMMY’Sは原宿だけでなく、京都市中京区の新京極、大阪府豊中市などにも出店。1985年3月27日、4月1日、4月4日には、「フックンの母親と行くジェミーズ・スプリング・バスツアー」を行ったりもした。更にシブがき隊が解隊した際には、解隊の日付がプリントされた「解隊記念Tシャツ」も販売した。

1988年11月2日、代々木第一体育館でのコンサートにてシブがき隊を“解隊”。同時にジャニーズ事務所からも退所した。

その後は、薬丸と同様にマルチタレントとして幅広く活動。また、特撮ヒーロー番組、および特撮映画への出演(レギュラー・ゲスト)も多い。

明治大学付属中野高等学校定時制の先輩・後輩の間柄で、布川が17歳の時から丸9年交際してきた1歳上のつちやかおりと、1991年11月に結婚。交際のきっかけは、高校でつちやから布川に渡したラブレターだった。新婚旅行は船で2泊してオーストラリアまで行った。長男はハネムーンベイビー。
なお、2011年3月26日放送の日本テレビ『メレンゲの気持ち』にて、結婚前の9年間で数十人、結婚後も5~6人の女性と浮気していたことを明かした。

1999年7月に、布川の祖母・布川タケさん(当時88歳、川崎市)を巧妙に騙し、現金100万円を奪うという事件が起こった。犯人は布川の声色を使ってタケさんに電話し、「不倫している女性が交通事故を起こしてしまった。相手の治療費に100万円が必要」と説明。タケさんは自宅近くの郵便局の前で、布川の代理人を名乗る男に疑う事なく現金を渡してしまった。

2001年、島田紳助の発案の下、吉本興業所属のお笑いコンビ「キングコング」、「ロザン」、「ランディーズ」のメンバー(計6名)で結成されたダンスユニット『WEST SIDE』のプロデュースを布川が担当し、CDデビューさせている。

2005年には映画監督にもチャレンジし、『バッシュメント』という作品を土屋アンナの主演で制作した。

2007年8月3日、TBS『中居正広の金曜日のスマたちへ』にゲスト出演し、両親の離婚、そして両親の死、子供の脳腫瘍などが重なったことで自身もうつ病を患い、ずっと苦しんでいたことを明かした。
2008年の春に、“未来に羽ばたく子供達と地球環境保護を応援する”ということがコンセプトのアパレルブランド『To.EARTH』を設立。売り上げの一部を各団体に寄付するなど、社会貢献にも力を入れている。

2010年5月より、ネットショッピングサイト「ARG ENJOY WEB SHOP」にて「ふっ君家シリーズ」と題し、第一弾として「ふっ君家の辛子明太子」を発売。更にその後、第二弾「ふっ君家のこく味ねぎとろ」、第三弾「ふっ君おすすめ楽チ~ン焼き魚バラエティセット」を発売した。

同年8月4日、自身の芸能生活30周年を記念し、「ふっくん布川」の名前で、シブがき隊のシングル『スシ食いねェ!』をもじった『そば食いねぇ!』でソロCDデビュー。シブがき隊の解隊から実に22年ぶりに歌手として復帰した。なお、CDの発売日を8月4日にしたのは、自身の誕生日であったため。

2011年、テレビショッピング専門チャンネルQVCの『フッ君のこれ食いねぇ!』にて、「ふっ君家の辛子明太子」、「ふっ君家のこく味ねぎとろ」、そして新商品の「ふっ君オススメ スモークサーモン切落し」を販売。更にQVCのサイトにて、「布川敏和家の団らんはずむ離婚無縁グッズ」なる商品の販売も開始したが、実際の当時の布川家は、夫婦関係に亀裂が生じ始めており、2012年12月23日、布川が仕事で外出している間に妻が次女を連れて家を出てしまい、夫婦別居生活に入った。

2013年6月12日、東京都大田区の東急多摩川線踏切で、布川が乗車していたタクシーが電車と接触し首に軽傷。同乗していた知人2名も腰などに軽傷を負った。ドライバーが遮断機が下りているのに気づかず踏切内に進入してしまったのが原因。

2014年4月、妻・つちやかおりと割烹料理店店主との不倫関係が週刊誌で報じられ、5月1日、つちやと別々の場所で会見を行い、つちやが「別居報道は事実」と認め、男性についても「大切な人」と、離婚を前提に堂々と言い切る中、布川は「(離婚については)初耳だった。そういう考えだったのかとびっくり」と述べ、信じられないといった表情を浮かべた。その後、同年6月22日に、所属事務所から報道各社へのFAXで、つちやとの協議離婚が成立したことを公表した。

なお、2019年11月29日放送のフジテレビ『ダウンタウンなう』に布川がつちやと共にゲスト出演した際、つちやが「離婚する前に2年ぐらい別居してたけど、離婚は8年前(2006年)から考えていた」と発言。その時も布川は「エッ!?」と大きく驚き、離婚の予兆に全く気付いていなかったことを認めた。

2015年、出会い系サイト「マッチングサイト Jメール」の広告塔となる。

2016年9月17日放送の読売テレビ『特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル』にて、かつて木村拓哉に対し、「格好つけてスカした感じが嫌だ」と思い、木村がテレビに映るとチャンネルを替える程に嫌っていたが、ある日、テレビ局の喫茶店で取材を受けていると、偶然同じ場所で取材を受けていた木村が、「木村です。お先に失礼します」と挨拶をして去って行った。その一件以来、木村のことを好きになったことを告白している。




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