J-POP史変遷

J-POP史変遷

テクノ・ポップ

1974年にリリースされたドイツ出身のクラフトワーク「アウトバーン」はドラムマシンとシンセサイザーによるミニマリズムをロックに導入し、パンク以降のニュー・ウェイヴにテクノという概念を提示した。ミュージシャンの人的演奏テクニックを排...
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インディーズ

かつて1960年代に起きたエレキ、GSブームの渦中にいたバンドには、ライブハウスやインディー・レーベルといった活躍の場もなく、お仕着せの意匠をまとい、商業システムに埋没する手段しか用意されていなかった。1970年代後半からのパンク...
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ガールズ・ロック

今では女子中学生のロック・バンドがヒット・チャートの上位を占め、バンドルという呼称もあるほどだが、日本のロック黎明期にあたる60~70年代に女性がロックを表現するということは稀有なことであった。男性主導のロック界にはじめて頭角を現...
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渋谷系音楽

1980年代の渋谷はパルコ、SHIBUYA109などが象徴するように若者のファッションを牽引する場となっていたが、80年代の後期にはタワーレコード、WAVE、HMVといった大規模な外資系輸入レコード店(CDショップ)の企業戦略によ...
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ヴィジュアル系バンド

ダイエースプレーで極端に髪を逆立てた「髪立て」ヘアスタイル、中世ヨーロッパの貴族をイメージした重厚なコスチューム、歌詞には、絶望・孤独・闇といったネガティブな表現はもとより、薔薇・十字架・鎖などの耽美的ゴシック言語を駆使し、バンド...
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