フュージョン
ジャズ界の帝王ことマイルス・デイヴィスはジミ・ヘンドリックスやスライ・ストーンなどのロックのビートに着目し、ジャズとロックを融合させたポリリズミックなサウンドを模索することにより、1969年録音の「Bitches Brew(ビッチェズ・ブリュー)」に於いて、ファンクでエレクトリックなサウンドを取り入れたインプロヴィゼイションなセッションを残している。様々な音楽の要素が渾然一体となりながら、クロスオーバーしたサウンドはフュージョンと呼ばれるようになり、従来のジャズ奏法とは異なったポップなインスト曲が創作された。「エレクトリック・マイルス」の系譜はハービー・ハンコックやチック・コリアなどに受け継がれ、 1970年代には、クルセイダーズがジャズからファンク色の強いサウンド指向へと転身を図り、 1976年にジョージ・ベンソン「BREEZIN’(ブリージン)」がリリースされ、フュージョン時代の幕開けが告げられたのである。
このような影響は日本の音楽シーンにも波及し、ジャズからは渡辺貞夫、渡辺香津美、日野皓正などが、ロックからはサディスティックス(高橋幸宏 在籍)、ティン・パン・アレイ(細野晴臣 在籍)、四人囃子などがフュージョンへの接近を試みている。 1979(昭和54)年に渡辺香津美、坂本龍一、矢野顕子らのオールスター・バンドで結成されたKYLYNは、六本木PIT INNでセッションを行い、後のテクノポップブームに関わるミュージシャンたちによるライブ盤を残している。 [未完...]
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